神が意図された通りの者に
Who God Meant You to Be
August 30, 2016
引用文集
最近、散らかっていた押入れを掃除した時に、何ヶ月も前に友人からもらった、ある美しい贈り物を見つけました。
彼女にそれをもらった時に、私が大喜びしたことを覚えています。私のことを思ってそれを買ってくれたのだと考えると、自分がとても特別で、愛されているように感じたのです。
それなのに、その贈り物は多忙な生活の中で「雑多なもの」の下に埋もれて隠れてしまい、使われることもありませんでした。私があれ以来、その贈り物をあまり大切にしてこなかったと知ったら、彼女がどんなにがっかりするか想像もつきません。
そこでふと立ち止まって、究極の与え主である方が私たち一人一人に賜った贈り物のことを考えました。‥‥そして、自分たちがそれを使っているかどうかを。
第1コリント12:7にはこうあります。「各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。」
神が私たち一人ひとりを創造された時に、その無限の創造性を注ぎ入れて、独特の才能や霊の賜物を与え、各自に求められた御仕事ができるよう備えられている様子が、目に浮かびました。[1] それは、私たちの益となるためではなく、神の益となり、また神の民の益となるためです。
私たちがやるべきなのは、これらの賜物を管理することです。それがどんな賜物で、切実な必要を抱える世界に奉仕するためにどう役立てることができるかを、祈り深く考慮しなければなりません。それが私たちの目的であり、召命です。
互いに仕え合い、傷ついた人々にいやしをもたらすようにと神から与えられた賜物を、私たちが管理し始めるなら、世界がどのような場所になるか、考えてもみて下さい。
そして遠い昔友人にもらった贈り物のように、神に頂いた私たちの唯一無二の賜物を、人生という押入れの、山と積まれた雑多なものの下に埋もれさせたままにしてはいけません。神の栄光のために、今それを使い始めましょう! —ミシェル・ダドリー [2]
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あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものかわたしの魂はよく知っている。—詩篇139:13–14 [3]
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わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。—エペソ2:10
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あなたの人生は大切です。どんな宗教的背景を持っているかにかかわらず、私たち全員が、そう信じたいのです。無神論者でさえ、自分の人生が何らかの面で大切であると知っています。
あなたの人生が大切なのは、神があなたを二人といない特別な存在に造られたからであることを、聖書は述べています。聖書の詩篇139篇にはこうあります。「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。‥‥あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。」[4]
神があなたを独特な存在として造られたのは、あなたの人生のために独特のご計画をお持ちだったからです。神自らがあなたの創造を監督されたのは、あなたにしかできない何かを成し遂げてもらいたかったからです。あなたの両親はあなたのことを計画していなかったかもしれませんが、神はしておられました。特別な用途のためにあなたを取っておかれたのです。なぜそうだとわかるのでしょう?
神はご自身の形にあなたを造られました。この世の他のどんな動物たちとも違い、人間は神に似せて造られたのです。牛や山羊や羊やアヒルは神にかたどって造られてはいませんが、あなたはそうです。あなたは正しいことをするか、間違ったことをするかを選ぶことができます。あなたには良心がありますが、動物にはありません。あなたは神に語りかけ、祈ることができます。動物にそんなことはできません。事実、聖書の詩篇8:5にはこうあります。「ただ少しく人を神よりも低く造って、栄えと誉とをこうむらせ‥‥。」
神はあなたが生まれる前から、あなたの人生を計画されていました。神はエレミヤにこう言われています。「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした。」[5] あなたが初めて息をする前に、神はすでにあなたの人生にご計画をお持ちでした。あなたの母親があなたを胎に宿す前に、神はあなたのことを考えて、こうおっしゃったのです。「わたしはこの両親を用いよう。彼らから生まれさせる者を通してこの世を祝福できるように。」
神は、ご自身の喜びのためにあなたを造られました。黙示録4:11にはこうあります。「あなたは万物を造られました。御旨によって、万物は存在し、また造られたのであります。」 宇宙を見回してご覧なさい。あなたの目に映るあらゆるものを、神は喜びのために造られたのです。次に、鏡に映る自分の姿を見てご覧なさい。神はあなたを喜びのために造られました。あなたが創造された理由は、それなのです。
あなたは偶然生まれてきたのではありません。神に似せて造られたあなたには、大いに価値があります。神はあなたが生まれる前にあなたの人生を計画し、ご自身の喜びのためにあなたを造られたのですから。—リック・ウォレン [6]
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一番幸せな人とはどんな人なのか、知っていますか? それは神が造られたままの自分を受け入れ、自分の持っているもので満足し、他の人にどう思われるかをあまり気にしすぎない人です。他の人の期待に沿って生きようともがくなら、心に負担を感じますが、謙虚さには自由があります。
正直な人であれば、周りに溶け込めるよう、あるいは人に感銘を与えようと、自分ではない誰かになることを懸命に試みる人よりも、ありのままに自然に振舞う人を立派だと思っていることを、認めることでしょう。もちろん、そのような決断を下してそのような姿勢を貫く人は、孤独な思いをしたり、周囲から疎外されているように感じることが多く、それは悲しいことです。
私は若い頃、自分の容姿が気に入りませんでした。鼻が大きすぎるし、体もやせすぎていて、自分は醜いと思っていたのです。そのことでかなりの劣等感を感じており、克服するのに長いことかかりました。プライドのせいでもありますが、他の人と比べていたせいでもあります。しかし、その後成長して年を取るにつれ、そんなことはどうでもいいのだと気づきました。主が御心のままに自分を創造し、自分を愛しておられたがゆえに、そのように造って下さったのだと悟ったのです。
神はご自分が造られたありのままのあなたを愛しておられ、神の目にあなたは美しいのです。私たち全員が二人といない特別な存在です。容姿がどんなであれ、神の目から見れば、醜いところなど一つもありません。
多くの場合、自信を持つことは主との関係と大いに関連しています。主に近づいて主と親密になればなるほど、もっと自信がついて、幸せで穏やかな気持ちになります。主のそば近くで生きるなら、主の愛や光があなたを通して輝くので、あなたはハンサムな、あるいは美しい存在になれるのです。
一つ提案があります。いつか腰を下ろして、自分自身について主に語って頂きなさい。それとも誰かに頼んで、主が自分をどのように見ておられるかや、自分の内面的な美しさや強さとは何か、あるいはまた、自分には主が開花させ、他の人のために輝かせてほしいと望まれるどんな賜物や才能があるかを、祈って主に尋ねてもらうのです。そのように主に励まして頂くなら、自分が主の独特の被造物であるがゆえに、実際はとても幸せになれることに気づくでしょう。—デービッド・ブラント・バーグ
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神が意図された通りの者になりなさい。そうすれば、世界を燃え上がらせることができるでしょう。—シエナのカタリナ
2016年8月にアンカーに掲載。朗読:サイモン・ピーターソン。
音楽:ジョン・リッスン。