最も大切な関係
Primary Relationships
January 16, 2017
ピーター・アムステルダム
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私自身の実生活においても、会話やメールのやりとりにおいても、繰り返し持ち上がるのは、私たちが皆いかに忙しいかということです。すべてにどれほど時間がとられるかは圧倒されるほどです。
残念なことに、することが山ほどあると、一番大切なことが脇にやられ、一番害を被ることがよくあります。悲しいですが、すぐにしないといけないことを片付けるために、一時的になら、一番大切なものをなおざりしても大丈夫だと考えるのです。多くの場合、私たちはそうやって、主要な関係を脇にやります。毎日の生活の思い煩いや懸念のせいで、大切ではあっても、人生の真の幸せや充足感に欠かせないわけではない事柄のほうにもっと関心を注いでしまいがちなのです。
最近、私は、とても大切な友人にあまり会っていないことに気づきました。彼と話すのは楽しいし、彼から実際的な助言をもらったり、霊的な事柄について話したりすることで得られるものも多く、一緒にいてくつろぐことができました。だから彼と会うのは私にとって助けになるのですが、仕事やその他のしなくてはいけないことで忙しくて、何度も後回しにしていたのです。でも、自分には彼と会って、仕事とは関係のないことについて活発に議論し合うことが必要だと気づきました。彼とそういう時間がとれていないことを寂しく感じたのです。そこで、たとえちょっと不都合でも、彼ともっと近く連絡をとりあい、頻繁に会うという決断をしました。仕事は常に扱いきれないほどありますが、友人は常に近くにいるとは限らないので、共に過ごせる時間をもっと大切にすべきだという結論に達したわけです。
私が考えるに、優先順序を下げてしまわないよう注意を払う必要のある大切な関係が3つあります。
1. まず自分自身との関係です。毎日忙しいと、自分の世話を怠りがちになります。することが山ほどあると、睡眠時間を削り、カフェインを余分にとり、自分の習慣次第で、食事を抜いたり、あるいは過度に食べたりすることがあります。ストレスや心配で、身体的にも精神的にもダメージを受け、そして、運動や、健康的な食事や、くつろぐ時間をとるなどといった、長い目で見て助けになることをしなくなります。その時の都合で、そうしたことを犠牲にするのです。しかし、それをないがしろにすることで、結局は害を被るのです。
イエスは、自分を愛するように隣り人を愛しなさいと言われました。イエスはおもに、他の人を愛することを語っていましたが、直接的には語らなくとも、自分自身を愛するというポイントも含めていました。
誰かを愛していると自然に、その人の世話をしたい、その人を守り、支えたいと思うものです。その人の幸せに責任を感じるのです。私たちは、自分自身についても、そのように愛し、世話するべきです。自分の身体的、霊的、精神的、感情的な幸せを世話する責任があるのですから。適切な休息や、仕事からの息抜きの時間、また日々の仕事から離れてリクリエーションのために何かする時間も必要です。誰もが、再生され、人生に付き物の忙しさから離れる時間が必要であり、それをする時に、私たちは新たにされます。しかし、それをなおざりにすると、そのために苦しむことになります。
2. もう一つは、愛する人たちとの関係です。 夫や妻、あるいは恋人、子ども、親、親しい友人などが、私たちに一番近い人たちであり、その人たちは、私たちの愛や世話、関心、フェローシップを必要としており、私たちも同じです。彼らは私たちの人生のチームのメンバーです。いくら忙しくても、そのチームをなおざりにしたり、脇にやったりすべきではありません。
3. 私たちにとって一番大切な関係は神との関係であり、この関係が他のすべての関係の基盤になります。 神こそ私たちを造られ、私たちに人生や目的や愛する人たちを与えて下さった方なので、その神との関係を強いものにしておくことは最優先事項です。その関係の中で、私たちは霊性を育み、信仰や他の人への愛の内に成長し、神に近くなり、神のようになります。物質的なものも、達成したことも過ぎ去りますが、人生を与えてくれた方との関係は永遠に続きます。
私たちが遭遇する忙しさは、日々の生活に付き物であり、たいがい、何とか対応しなければいけませんが、そのためにも、適切なバランスをとり、愛情深い環境に暮らし、霊的に、さらには身体的にも新たにされるために、主要な関係を守り、そこに投資しなければなりません。充実した人生を過ごすには、主要な関係を健全なものとしていることが欠かせません。神、愛する人たち、自分自身との関係という、主要な関係に時間やエネルギーや関心を与えるというのは、コミットメントであり、多くの場合、犠牲を伴います。それほど簡単なことではありません。
神は、私たちの優先順位において最上位にふさわしいですが、悲しいことに、時間や関心を求められる事がいっぱいあって途方にくれた時に、まず最初に押しやられてしまうのが、神との交わりの時間です。私たちは心と魂、思い、力のすべてをこめて神を愛することになっています。常に神と交わり、神の言葉を読み、それを瞑想するなら、また、祈りにおいて神への愛を表明するなら、私たちは神との関係を強めることができます。そうすると、他の主要な関係を築き、維持する力を得ることができます。
私たち人間は神のかたちに造られており、神は三位一体の存在です。神は、愛する人たちのコミュニティーであり、神のかたちに造られた者として、私たちも、愛する人たち、家族、友人、信者たちの集まりに預かり、それを楽しむことになっています。だから、あなたが愛する人たち、あなたのことを愛する人たちとのつながりを強めることは大切です。
あなたの家族、友人や、祈り崇拝するために共に集まる人たちはみな、あなたの幸せにとって大切です。締め切り、プレッシャー、責任、その他、この人生での喧騒も大切でしょうし、大切なように思えますが、そのせいであなたの愛する人たちを締め出すことはすべきではありません。愛する人たちに十分な時間を与えるというのはなかなか難しいことともなりえますが、それは、真に幸せで充実した人生を生きるための鍵になります。
自分の世話をすることも、人生に喜びを見いだす鍵となります。これは、利己的になれという呼びかけではありません。神があなたを祝福して与えて下さった人生について良き管理人になるようにという呼びかけです。私たちは時に、自分を守る、多くの場合自分から自分を守る必要があります。多くの人にとって、主要な関係のための時間、特に、自分を世話するための時間を奪ってしまうような仕事や約束に対してノーと言うのは難しいことだからです。正しい食生活をし、運動をすることは、この点で大切な役割を果たします。普段の仕事から離れた関心時も同じです。自分の霊的な人生を育む時間をとることも、その一部です。健全な関係を維持し、不健全な関係は排除し、ポジティブな人たちと過ごすようにし、持ちつ持たれつの友情をはぐくむことで、健康なあなたが築かれます。
人生は疑いもなく忙しいものです。その事実を変えることはできないとしても、私たちが、神、愛する人たち、そして自分自身との主要な関係にきちんと時間や関心を払うと決意するなら、もっと楽に人生を生きていくことができることでしょう。
2013年4月初版。2017年1月に改訂・再版。
朗読:ジョン・マーク。