試練の時の励まし
Encouragement for
Times of Testing
June 6, 2016
イエスからの言葉
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「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。 …そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。」—1ペテロ 1:3–7
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あなたが感じている深い苦悩と失望を、わたしは理解している。わたしも、すべてのことについて、あなたと同じように試練に会ったのだから。地上の人生の限界に面し、自分が生きている今の瞬間しか見ることができない時に感じる、深い絶望感もよくわかる。現在よりも先にあるものを見て、将来の希望にしがみつくのがどんなに難しいかもだ。しかし、わたしはあなたにそんな試練の時を切り抜けさせると約束する。ただ名前を呼ぶなら、わたしはそこに、あなたのすぐそばにいて、あなたを助け、支える。わたしとわたしの力に頼るなら、きっと乗り越えさせてあげよう。状況は好転するだろう。
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あなたの目をわたしに留め続けなさい! わたしはあなたと共にいて、可能な限り最善の方法であなたを世話しよう。苦しんでいる時には、わたしの世話が不十分で、あまり効を奏していないように思われるかもしれないが、わたしのなす事は何もかも素晴らしいと知りつつ、わたしを信頼し続けてほしい。
この困窮の時をわたしに感謝しなさい。普段よりももっとわたしに頼らざるを得ない、この時を。こんな時期が早く過ぎ去ればいいのにと考えて、この好機を無駄にしてはいけない。わたしが自分のしていることをわきまえており、あなたが遭遇するあらゆる状況や、耐え忍んだあらゆる苦難から益をもたらすと信頼してほしい。過去や現在の苦悩に、将来の展望を曇らされてはならない。わたしはあなたの将来を司る者であり、あなたのために数々の良いものを用意している。あなたに将来を与え、希望を与えようとして、わたしがどんな計画をあなたに対して抱いているのかを知っているのは、わたしだけだ。[1]
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困難に直面し、信仰を実践しようと苦労しつつも、あきらめずにしがみついていることゆえに、わたしはあなたに報いよう。あなたの努力に対してわたしが与える報酬は、あらゆる戦いや苦闘を通るだけの価値がある。ただしがみつくなら、勝利はあなたにとって一層甘美なものとなる。振り返って見れば、あきらめずにしがみついてよかったと心から思うことだろう。
つらい時期にさしかかるたびに、「ああ、これはひどい!」と考えるのではなく、自分にこう言い聞かせるといい。「私は神の子どもだ! 信仰を宣言し、証しし、イエスの御名によって何かをするたびに、私は主の御国を築く手助けをしている!」と。
何もかもが平安で、幸せに暮らすことのできる天国を心待ちにしているといい。しかしわたしはあなたに、今ここ地上においても平安を与えると約束した。逆境や困難な時期の只中にあっても、勝利と自由を与えたいのだ。わたしはあなたに、あらゆる人知を超える平安を約束した。だからあなたは、この平安が本当に自分のものになるのだと信頼することができる。
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ちょっとグランドキャニオンを思い浮かべてみなさい。むき出しの断崖から、青々と草木の茂る奥まった場所に至るまで、数多くの層が何かを物語っている。この、一見景観にできた傷のように見える地形を造り出した水が、その深部に最も美しく豊かな生命をももたらしているのだ。
試練や試みや敗北や涙や苦しみという激流によってできたものが、一見あなたが心や人生に負った深い傷のように見える時、あなたの魂にも、これと同じ荘厳さや美しさが生まれる。わたしの最も尊く大切な賜物が、希少な花のごとく成長できる避難所を作れるよう、わたしはこのような試練の水が、あなたの人生を流れることを許した。
うわべだけではなく、わたしのもとに携えられた数々の苦難によって造り替えられた、自分の心の奥深くをのぞき込むなら、あなたはそれらの峡谷の中に、最も美しい花々が隠されていることに気づくだろう。魂の花は実に見事で、色や香りも息を呑むほど素晴らしい。その花は、それを宿す人の心にとって、また渇きをいやすために、わたしの愛がもたらす慰めやいやしや水を求めてやって来た人々の魂にとって、霊感と慰めの源となる。その峡谷にあるすべてのものに独特の雰囲気があり、あたかもこう告げているかのようだ。「わたしはあなたと共にいて、決してあなたから離れることも、見捨てることもしない」と。
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わたしが常にあなたと共にいて慰めているというのなら、なぜそれでも悲しみや痛みを感じるのかと不思議に思ったことはあるだろうか。転んで怪我をした子どもの母親を思い浮かべてほしい。その母親がいかに幼な子を抱きしめ、慰め、愛情深く世話するかを。最初は効果がないように思われる。子どもはまだ痛がって泣いているが、母親の愛と優しさによって慰められているうちに、しばらくすると痛みは忘れ去られる。これと同様に、あなたが傷ついた時、わたしは痛がっているあなたを抱きしめており、まもなくわたしの愛が痛みをすっかり取り除いて、あなたは再び幸せに感じ、微笑むことができる。
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あなたの光が消え失せてしまいそうな暗い洞窟にさえも、見いだされるべき黄金がある。愛する人よ、それはあなたがこのような人生の暗い洞窟にいると気づいた時のための、わたしの約束だ。わたしはあなたの前を歩み、あなたが最終的に御霊の宝や黄金という、朽ちることのない見返りを得ることができないような洞窟を通り抜けることを、決して許さない。だから自分が深く暗い洞窟にいるように感じるなら、その黄金を捜し求めなさい。それがそこにあり、ただ見いだされるのを待っているのだということを、決して疑ってはならない。
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わたしは決してあなたを見捨てない! あなたは自分がどうしようもない人間で、わたしがこんな欠点や失敗だらけの人生を用いて、美しいものを生み出せるわけがないと考えているが、わたしにはできる! あなたがどんなに汚れようと、どれほど遠くにさ迷い出ようと関係ない。わたしは常に、どんな苦境からもあなたを引き上げてきれいにし、二度目のチャンスを与える。わたしの愛を信じなさい。そして、わたしがあなたを信じており、あなたを用いたいのだということを受け入れてほしい。
自分の失敗にばかり目を留めないよう、意識的に努力しなさい。それらについて考えてはいけない。それらを戦時の犠牲のように見なすのだ。自分が戦っているゆえに生じた損害であると。わたしが、これらのことが共に働いてあなたの益となるようにしていること、またこれらをあなたのためのわたしの計画に織り込んでいることを思い出しなさい。自分が学んでいることに心を留めなさい。自責の念や後悔の鎖から解放された自分を思い浮かべるのだ。悪いことではなく、良いことについて考えなさい。
時として、この教訓を学ぶのはとても難しい。人はいとも容易に自責の念に駆られてしまうが、それは自分自身に高すぎる基準を課すからだ。常にこのことを覚えていなさい。あなたが両手を挙げて賛美し、わたしに目を向け、勝利を手に入れると固く決意する時、わたしはあるがままのあなたを、あらゆる弱さや欠点をも含めて受け入れるということを。自分には弱さがあり、失敗も犯すであろうことを認め、その上で、わたしと他の人を愛することによって、最善を尽くしてわたしに従い、わたしのいましめを守りなさい。そうすれば、わたしはあなたを通して働き、あなたの中に美しいものを創造するし、あなたはわたしがあなたの将来のために定めた宿命を全うするだろう。
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あなたが最後に針に糸を通したのは、いつのことだっただろうか? きっと糸の端をなめて、針を目の前に持って行き、じっと注意深く目を凝らしながら、針の穴に糸を通そうと、繰り返し試みたことだろう。すんなり入る時もあれば、そうでない時もあるが、ついに何とか糸が通るまでには、必ずといっていいほど苦労や失敗を味わうものだ。そもそも、なぜわざわざ針に糸を通そうとするのだろう? それは、目的や計画があるからだ。何かを作るか、繕う必要があるからなのだ。
次に試練によって針の穴を通らされているような気分になり、圧迫感や挫折感や苦悩を感じた時には、このことを思い出してほしい。それには計画や目的があるのだということを。それはわたしの計画であり、あなたの人生を用いて、輝かしい何かを造り出そうとしているのだ。深い色合いの、細部まで複雑に織り成された、美しいタペストリーを。その美しさは、人の信仰が試みられることを通してしか生じない。あなたの人生というタペストリーを際立たせてくれるのは、困難や苦労を味わいつつ学んだ、そのような教訓の数々なのだ。
初版は2008年9月。2016年6月に改訂・再版。
朗読:ジェリー・パラディーノ。音楽:ジョン・リッスン。
1 Sarah Young, Jesus Today (Thomas Nelson, 2012).