勇ましい勇気
Courageous Courage
April 8, 2025
引用文集
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人生において、大きな決断を迫られるときがあります。そういった瞬間に、私たちは失敗や屈辱、貧しさ、痛みへの恐れに打ちのめされてしまうことがあるものです。そんなときは、勇気とは恐れを消し去ることではなく、恐れをコントロールすることにある、ということを忘れてはなりません。並外れた勇気を示した者で、恐れを知らなかった者はいません。彼らはただ、恐れをうまく克服する方法を学んだのです。ヨシュアは、国境を越えて、巨人がうろつく約束の地へと入るとき、勇気を必要としました。
神は、ヨシュアの恐れを取り除くことはせず、彼が恐れを克服する力となった、ある言葉を語られました。多くの場合、本当の巨人とは、どこかの土地にではなく、私たちの心の中に存在しているのです。神が言われたことはシンプルで、「わたしは一歩一歩、あなたと共に歩む」ということでした。御心のままに歩むなら、神が私たちと共におられます。神が私たちと共におられるなら、誰が私たちに敵対できるでしょうか。今、あなたの人生で下そうとしている大きな決断が何であれ、勇気を出してください。勇気を持ちましょう。神の素晴らしい約束をその状況に当てはめ、恐れを克服するのです。
「わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。」(ヨシュア1:9) 「あなたがたは強く、かつ勇ましくなければならない。… 恐れ、おののいてはならない。あなたの神、主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず、またあなたを見捨てられないであろう。」(申命記31:6)—マーク・スティベ [1]
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子どもの頃に自分が心配していたことを振り返ってみると、おかしく思えます。自分には勇気が足りないといつも感じていたことに、今になってから気づきました。先日、たまたまですが、記事を書くために、勇気[英語のカーレッジ]の定義を調べてみました。カーレッジは、フランス語で心を意味するクールという言葉から来ています。ある語源辞典サイトによれば、元になっているフランス語の言葉は「心、最も内面的な感情、気質」を意味していたそうです。中英語では、「心や思いの中にあるもの」を広く指しており、そこから「勇気」という意味で使われましたが、他にも「怒り、誇り、自信、元気」その他の気持ちも意味するようになりました。[2] 今日、カーレッジは、「危険や恐怖や困難に立ち向かい、耐え、持ちこたえる精神的または道徳的な強さ」と定義されています。[3]
聖書には、勇気ある行動をとった男女の物語が数え切れないほど記されており、ヘブル人への手紙11章には、そのような勇気ある人々の名が挙げられています。「このほか、何を言おうか。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル及び預言者たちについて語り出すなら、時間が足りないであろう。彼らは信仰によって、国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、火の勢いを消し、つるぎの刃をのがれ、弱いものは強くされ、戦いの勇者となり、他国の軍を退かせた。」(ヘブル11:32–34)
この章に名を連ねている勇敢な人たちを見ると、「カーレッジ(勇気)」という言葉の語源が、より深い意味を帯びてきます。彼らは「心」を正しく保ったのです。彼らには素晴らしい共通点、つまり勇気の源がありました。
私たちは皆、感情的あるいは精神的に困難な経験をするでしょうし、そのようなときには、道徳的な勇気、つまり正しいとわかっていることを実行する意思の強さが必要とされます。そして、そのようなときにどう行動するか、その元になるのはかなりシンプルなことなのではないでしょうか。これまで心の内に蓄えてきたものが、私たちの勇気の強さを決めるのだと思います。
人は誰でも、感動的なヒーローの話が好きです。しかし、現実の世界では、自分がヒーローとして大活躍し、誰かを助け出したり、どうにかして窮地を救ったりする機会があるかどうかを決めることはできません。けれども、心に何を蓄えるかは、自分でコントロールできます。そうすることで、英雄的な瞬間や、勇気が必要とされる日々のちょっとした瞬間に備えることができるのです。—ロアルド・ワターソン
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人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め …。—使徒4:13
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[英訳]聖書で、勇気は「グッドチアー(しっかりする、元気を出す)」とも表現されています。たとえば、マルコ6:50では、イエスがガリラヤ湖の水上を歩いて、自分たちの方へ来るのを見た弟子たちに、そう命じられたのです。ここで「カーレッジ(勇気)」や「グッドチアー」と訳されているギリシャ語の文字通りの意味は、「大胆さや自信」です。聖書の中で、勇気は恐れの反対です。神が私たちに、恐れるな、勇気を出せ、雄々しくあれと命じられるときはいつでも、恐れないようにと命じられているのであり、また恐れは勇気の反対なのです。
しかし、神はそうすべき何の理由もないのに、ただ勇気を出すよう命じられることはありません。神が「恐れるな」と言われる場合、その出来事の後には、必ずと言っていいほど勇気を出すべき理由が続きます。そしてその理由とは神ご自身であり、神の性質やその完璧な御計画なのです。… いずれの出来事においても、神が勇気を出すよう命じておられるのは、人が生まれつき勇敢で勇気があるからではなく、神に守り導かれるとき、私たちは神を信頼し、それゆえに勇気を持つことができるからであるとわかります。…
勇気 … は、神の先見の明や主権を理解することの結果です。神の御計画と目的は阻止されることなどあり得ず、その全能性ゆえに、神は人生のあらゆる状況を御心に従わせることができると理解しているのです。—GotQuestions.org [4]
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行動に出ないなら、疑いと恐れが生じる。行動に出ることで、自信と勇気が生じる。恐れに打ち勝ちたいなら、家の中でじっとして、考えにふけっていてはいけない。外に出て、忙しく何かをしなさい。 —デール・カーネギー
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しっかり立ち止って、真っ向から恐れに立ち向かうという経験をするたびに、あなたは強さと勇気と自信をつけて行く。… 自分にはできないと思うことをやらなければならないのだ。—エレノア・ルーズベルト
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勇気が湧くまで待つというのは、先延ばしの一つの形に過ぎない。最も成功している人たちは、恐れながらも行動を起こす。—不詳
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憂鬱な雨の朝のオハイオ州で、レイ・ブランケンシップが朝食を作っていたとき、ふと窓の外を見ると、家に沿って流れる蓋のない雨水排水路が目に入りました。そして、小さな女の子がその排水路を流されていくという、恐ろしい光景を目撃したのです。排水路がその先どうなるのか、彼は知っていました。排水はものすごい音を立てながら、道路の下に消えていくのです。
レイはドアから飛び出ると、その子の先回りをしようと、排水路に沿って走りました。そして、激しく波立つ深い水の中に飛び込んだのです。彼は水面に顔を出し、子どもの腕をつかむことができましたが、二人は水にのまれて、体が回転し続けました。
あと1メートルほどで道路の下に入り込むというところで、レイの空いている方の手が、土手から突き出す何かに触れたので、彼はそれをつかみ、必死につかまりました。「助けが来るまでつかまっていればいいんだ」と考えましたが、彼はそれ以上の事をしました。
レスキューが到着する前に、レイは女の子を無事引き上げたのです。二人は共にショック症状の治療を受けました。そして、1989年4月12日、レイ・ブランケンシップは、アメリカ沿岸警備隊からシルバー・ライフセービング・メダルを授与されたのですが、彼はまさに、その褒章を受けるにふさわしい人でした。ほとんどの人が気づいている以上の危険に、わが身をさらしていたのですから。そう、彼は泳げないのです。—ロサンゼルス・タイムズ・シンジケートの報道
2025年4月アンカーに掲載 朗読:ジョン・マーク 音楽:マイケル・ドーリー
1 Mark Stibbe, God’s Word for Every Need (Destiny Image Publishers, 2017).
2 Online Etymology Dictionary, s.v., “courage (n),” http://www.etymonline.com/index.php?term=courage
3 Merriam-Webster.com Dictionary, s.v. “courage,” http://www.merriam-webster.com/dictionary/courage?show=0andt=1305771775
4 GotQuestions, “What does the Bible say about courage?”January 4, 2022, https://www.gotquestions.org/Bible-courage.html