影響力

9月 30, 2014

Influence
September 30, 2014

引用文集

オーディオ所要時間: 9:30
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一人の人生が他の人生に対して持つ力は驚くほどです。一目見ただけで運命が変わる、または、短い出会いが生涯あるいは永遠に渡って影響力を持つ、といったことは多々あります。この神秘的な「影響」と呼ばれるものは、誰も理解することができません。私たちの聖なる主についての記述の中で、主の内から力が出て行って、ある女性をいやしたという話があります。群衆の中で、後ろから主に近づき、おずおずと主の衣のすそにふれた、あの女性のことです。・・・もちろん、キリストのような人生は他にありませんでしたが、私たちの一人一人が常に影響を及ぼしています。それは、いやしたり、祝福したり、美しい足跡を残したりするし、または、相手の人生を傷つけたり、むしばんだり、汚したりするのです。

私たちはたえず、世界の健康や幸せや善を増し加えているか、または、痛みや悲しみや呪いを増し加えているかのどちらかです。真実で正直に生きる人生の一瞬一瞬、自己や罪に対する一つ一つの勝利、また、私たちの素晴らしい人生の小さな一つ一つの部分が、他の人が勇気を持ち、正直で優しくある助けとなります。私たちは常に周りに影響を及ぼしているのです。―J・R・ミラー

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ある日、マークが学校から歩いて帰る途中、前を行く少年がつまずいて、持っていた何冊もの本が落っこちた。本だけでなく、2枚のセーターに、野球のバットとグローブ、小さなテープレコーダーまである。マークはしゃがんで、地面に散らばった物を拾うのを手伝った。

帰る方向が同じだったので、荷物を幾らか持ってあげることにした。歩きながら話していて、相手の名前はビルだと知った。ビデオゲームと野球と歴史が大好きだが、他の教科は苦手のようで、ガールフレンドとも別れたばかりだった。

ビルの家まで送ってから、マークは自分の家に帰った。二人は学校で時々顔を合わせ、1度か2度、ランチを一緒に食べたこともあった。それから、2人とも中学を卒業し、同じ高校に進むことになり、やはりたまに顔を合わせた。とうとう最終学年となり、3週間後には卒業を控えていた頃、ビルがマークに話したいと言ってきた。

ビルは、最初に出会った時のことを覚えているかと聞いてきた。「あの日、どうして僕があんなにたくさんの物を家に持ち帰ったかわかる? ロッカーの中を空っぽにして、誰にも迷惑をかけないようにしたかったんだ。僕は、お母さんの睡眠薬を少しずつためていて、あの日、家に帰ってから自殺しようと思っていたんだよ。でも、一緒に話したり笑ったりしているうちに、自殺したら、そういう時間も過ごせなくなるし、ほかにも色々楽しいことが経験できなくなるって気づいたんだ。マーク、あの日、僕の本とかを拾ってくれたよね。でも、本当は、もっとすごいことをしてくれたんだ。命を救ってくれたんだから。」-ジョン・W・シュラッター

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タンポポは[アメリカなどでは]嫌われものですが、長細い花びらがきれいに重なり合った可愛い花です。タンポポがその最高の美しさを見せてくれるのは、小さい子どものよごれた手に握られている時でしょう。タンポポを摘んでも、誰にも叱られることはありません。タンポポはきっと、子どもの楽しみのために育っているのでしょう。

タンポポは見向きもされず、踏みにじられるばかりで、育てられたり世話してもらったりということはないのに、それでも一面に花を咲かせます。ちやほやされて、特別な関心をもらわないと、明るい花を咲かせないなんてことはありません。野原や芝生や、高級住宅地の歩道のコンクリートの割れ目にだって、顔を出します。庭でタンポポを育てるなど、考えられますか? 庭の境をするりと抜けて、あたりの芝生にまで太陽のように黄色い花を咲かせてしまうことでしょう。置かれたままの場所にいる、ということはないのです。

クリスチャンはもっとタンポポみたいであるべきです。明るく輝く顔を見た人が、単純な信仰には深い根っこがあって、その根っこは取り除こうと思っても決して取り除けないんだということを思い起こせるようにです。華やかではなく、ちやほやされるわけでもなくとも、数の多さによって、私たちはあちらこちらで目立つ存在だということを世界に示すことになるのです。…

私たちは、タンポポのように簡単に手の届く存在であるべきです。イエスはそうです。自分の庭から出て、私たちは当然ここにいるだろうと人が思っているような囲いの中から飛び出る必要があります。歩道のコンクリートの割れ目であれ、カントリークラブの芝生であれ、ちょっと明るくすることが必要なあらゆる場所で、黄色く輝く顔を見せる必要があるのです。-著者不明

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この罪の世界を通り過ぎながら
人はあなたの人生をながめる。
外側も内側も、清く、純粋でありなさい。
人があなたの内にイエスを見ることができるように。

あなたの人生は、彼らの目の前に開かれた本
人はそれを端から端まで読んでいる。
その本は、人の目を空に向けさせるだろうか?
人はあなたの内にイエスを見るだろうか?

日が沈み、空の向こうの住まいにて
何という喜びを感じるだろうか。
あなたの勝ち取った魂に出会うときに。
あなたの内にイエスを見たゆえに勝ち取られた魂に。

メッセージを伝えつづけなさい。忠実で真実でありなさい。
人があなたの内にイエスを見ることができるように。
B・B・マッキニー

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あなたの目を通して、人々の必要を、大小かかわらず、わたしに見させてほしい。あなたの耳を使って、途方に暮れた人の心の叫びを聞かせてほしい。あなたの口を使って、わたしの愛と憐れみの言葉、祈り、励ましを、気落ちした兄弟姉妹に届けさせてほしい。あなたの思考を手に取り、そこにわたしの思いを、愛と親切の思いを植え付けさせてほしい。あなたの心を手に取り、その心を、まだわたしの愛について聞いたことのない大勢に対するわたしの思いやりで満たしたい。

あなたの手を使って、泣いている人の涙を乾かし、気落ちしている人の肩にそっと手を置き、脇に倒れてしまった人に助けの手をのべさせてほしい。あなたの口を、親切な言葉がけを必要としている人にわたしの愛を与える道具として使いたい。あなたが、わたしの愛の見本になれるような状況を探していないときでも、あなたが心の内のわたしの優しいささやきに耳を傾けるつもりがあるなら、あなたの行く道でそういう状況に遭遇するようにしてあげよう。ささいなことで、何の意味もないように思えても、わたしの目にはそれは大きなことである。わたしの愛の器になるというのは、高き召しなのだ。-イエスが預言で語る。

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時には、ほんの一言、ほんの一瞥、小さな微笑みが大きな違いをもたらします。私たちの見た目の雰囲気、話し方、様子が違いをもたらすのです。快活ではなく、勝利や励ましに満ちていないなら、周りの人を引き下げてしまうことでしょう。人はあなたの気分や態度に影響されます。だからこそ、否定的なことではなく、前向きなことに重点を置くのが大切なのです。良いことを考えなさい。[1] 励ましになり、愛情深く快活でありなさい。愛は愛を生みます。私たちが平安を持ち、信頼し、忍耐強く、落ち着いており、信仰にあふれていれば、他の人もそういう反応をします。真の愛は小さくても遠くまで影響を及ぼします。

誰も「孤島」ではありません。誰もが影響力を持っており、一人が愛の内に歩むなら、他の人も同様にしたいと思うことでしょう。愛を示せば、周りも同じ気持ちを感じ取ります。キリストの愛を行動に移すと、伝染するのです。心から心へと伝わっていきます。

モーセがしたように、しっかり神と共に生きていくなら、神の霊が少しずつ私たちに影響を与え、私たちは幸せになり、顔も喜びと神の霊とで輝くことでしょう。[2] それが秘訣です! 私たちが十分な愛を輝かせれば、他の人たちもそれを反映させます。―デービッド・ブラント・バーグ

2014年9月アンカーに掲載。朗読:デブラ・リー。


1 ピリピ 4:8.

2 出エジプト 34:29–34; 民数記 6:25–26.

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