9月 4, 2026
わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。—エペソ2:10
人生の初期の頃はまるで春のようだった。あなたは若く、興奮とエネルギーいっぱいで、毎日学びと試行錯誤、そして人生における自分の場所を見つけることで満ちていた。そして、成長と開花の時、豊かな夏が訪れ、あなたは成長し、成熟し、実を結んだ。
今、あなたは人生の秋を迎えている。収穫が終わり、葉が緑から深みのある赤や黄金色へと色づいていく季節だ。最初のうちは、この人生の段階は少し物足りなく感じられるかもしれない。また、有意義で充実した人生を送るための能力や体力が失われていくのではないかと、不安に思うかもしれない。
しかし、あなたが人生のこの段階を、本来あるべき祝福として受け入れることができるなら、引き続き豊かな人生を体験し、わが目的を果たすことができるだろう。できることは以前と比べて少なくなったかもしれないが、そのおかげで、わたしが今あなたに求めていることにより多くの時間を割くことができるようになる。
秋の紅葉した葉を、人生のこの時期にわたしが用意している新たな祝福のさまざまな側面を表すものとして考えなさい。「天が下のすべての事には季節があり、 すべてのわざには時がある」ことを心に留めなさい(伝道の書3:1)。あなたの人生に対するわが計画はあらゆる季節を経て、さらにその先、永遠へと続いていくのだ。
わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。—1ヨハネ3:1
人生から引退する必要など決してない。ただ、この人生の段階に合わせて、新たな視点と目標を取り入れていけばいいのだ。もはや体力が続かなくなることもあるだろうが、その代わりにボランティア活動や祈りの奉仕、近所の人たちとの交流、周囲の困っている人々への手助けなど、他の活動に取り組むことができる。
老後の宝の一つは「時間」だ。この「時間」という贈り物があれば、ペースを落として、わが創造の素晴らしさやわが霊の働きを楽しむのを学ぶことができる。若い頃は多くの責任に追われ、時間が奪われていたためできなかったことに、時間をかけることができるのだ。
この人生の季節と、それに伴う変化を、喜びをもって受け入れなさい。年を重ねるにつれて、あなたは時間の価値をより深く理解できるようになる。高齢期になると、若い頃のさまざまなプレッシャーに押しやられていた、日々の生活の中にあるささやかな喜びに気づくことができるだろう。
どんな年齢であっても、あなたはわが子であることを、いつも心に留めておきなさい。天への帰郷に向けて、あなたの心を備えてあげよう。天国ではすべてが美しく、あなたは永遠にわが愛と喜びに包まれる。
わたしたちは、神がどれほどわたしたちを愛してくださっているかを知っており、その愛を信頼しています。神は愛です。すべて愛のうちに生きる人は神のうちに生きるのであり、神もその人のうちに生きておられます。わたしたちが神のうちに生きるにつれて、わたしたちの愛は成長し、いっそう完全なものとなっていくのです。—1ヨハネ4:16–17 英語NLT訳
わたしは何らかの益となるものでない限り、あなたの人生に何ものも入り込ませることはしない(ローマ8:28)。あなたが病気のときでさえ、わたしはあなたをわたしのもとに引き寄せ、あなたがわが姿に似た者へと成長できるよう助けている。そのような時にあなたがわたしと二人きりでいるとき、わたしはあなたをわが慰めで包み込み、何ものにも邪魔されることなく、あなたと語り合うことができる。
祈りや御言葉を読む時間を費やすとき、静寂の中でわが霊があなたの心に語ることができる。静かにささやくわが声が、あなたを導くだろう(列王紀上19:11–12)。だから、病気の時期を迎えていると感じたら、わたしのところに来て、その重荷をわたしに委ねなさい。わたしに安らぎを見出し、わたしの世話と慰めを受けなさい。また、他の人たちにも世話してもらいなさい。
たとえ体がかなり弱っていたり、病気だったりしても、助けを受け入れるのは難しいことがある。また、健康や幸福に関することになると、身近な人たちのアドバイスを受け入れるのも難しいかもしれない。何が最善かは、自分の方が分かっている、と思い込みがちだが、必ずしもそうであるとは限らない。他の人の話に耳を傾け、祈りを込めてそのアドバイスを考慮することは報われるだろう。
あなたの大切な人たちが、少しでもあなたの負担を軽くしようとしてくれるなら、その助けを受け入れなさい。それは彼らが愛を示す方法である。わたしがあなたを助けるために人を遣わすとき、そこにはわたしからの愛のタッチが込められているのだ。彼らの愛と気遣いを受け入れることは、わたしからの愛を受け入れることなのだ。
こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。—ローマ8:1
あなたが過去に犯した罪や過ち、間違った行い、あるいは他人に与えたかもしれない傷について、わたしが赦していないのではないかと恐れたり、心配したりする必要はない。罪を洗い流し、救い主となってほしいとわたしに願ったその瞬間、あなたは赦され、救いが確実なものとなった。あなたがこれまでにしたこと、あるいはこれからすることのどれ一つとして、あなたに対するわが愛を奪うことはできない。
また、過去の罪や失敗について心配したり、後悔にさいなまれたりする必要もない。自分の罪を告白して、あなたが傷つけ、不当な扱いをした人たちに赦しを請うとき、わたしはあなたの罪を赦し、あらゆる不義を洗い流すのだ(1ヨハネ1:9)。
だから、非難や後悔を手放しなさい。過去のことから教訓を学んだなら、もうそれ以上過去を振り返ってばかりいて、与えられた時間を無駄にしてはならない。後悔や悔恨に過去を変える力などなく、現在の喜びを奪ってしまうだけだ。わたしは平安をあなたに与えるために来たのだから、心を騒がせてはならない(ヨハネ14:27)。後ろのものを忘れ、あなたや、わたしを愛する者全員のために、前に用意されている永遠のものに向かって進みなさい(ピリピ3:13)。
わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。—1ヨハネ4:16
わたしはあなたを愛している。あなたがわたしを知る前からでさえ、ずっとあなたを愛してきた(1ヨハネ4:19)。あなたの愛の働きと誠実な祈りに感謝している。それらは他の人々の益になっているからだ。しかし、あなたの善き業がわたしの愛を勝ち取っているのではないことを覚えていなさい。あなたへのわが愛は、贈り物なのだ。わたしは永遠の愛であなたを愛している。
あなたへのわが愛は無条件だ。あなたがどれほど欠点だらけ、または愛される価値がないと思っていても、わたしはあなたを愛する。あなたはわが被造物だ。わたしはあなたの弱さを知っており、あなたが過ちを犯したり、期待に応えられなかったりするのを毎回見ているが、それでもあなたへのわが愛が変わることはない。あなたが悔い改め、赦しを求める時、わたしはいつでもあなたを赦し、わが恵みを注ぐ用意ができている。
あなたはいとしいわが子であり、深く愛されていることを常に心に留めなさい。あなたへの尽きることのない愛、あなたの贖いのためにわたしを十字架まで進ませた愛について、じっくりと思いを巡らせなさい。御言葉を学ぶ時間を持ち、心を新たにすることによって変えられ、信仰を深め、わが喜びで満たされなさい(ローマ12:2)。
わが子どもたちは、一人ひとりがわたしにとって特別な存在であり、わたしはそれぞれに特別な愛を注いでいる。わたしは、あなたがた一人ひとりを、唯一の子どもであるかのように愛しているのだ。
初版は2008年 2026年8月に改訂・再版 朗読:ジョン・マーク 音楽:ジョン・リッスン
Copyright © 2026 The Family International