8月 29, 2026
二羽の雀は一アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でさえ、あなたがたの父の許しなしに地に落ちることはありません。あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。ですから恐れてはいけません。あなたがたは多くの雀よりも価値があるのです。—マタイ10:29–31 新改訳2017
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私たちは、神に愛され、大切にされている、神の子どもです(1ヨハネ3:1; ヨハネ1:12–13; 2コリント6:17–18; ガラテヤ3:26)。神によって選ばれ、イエス・キリストを通して神の家族に子として迎え入れられ、神の栄光ある恵みを受けています(エペソ1:4–6; こちらも参照:1テサロニケ1:4; 2:13)。神は私たちを、「価値が失われていく、ただの金や銀ではなく、一点の罪も染みもない神の小羊であるキリストの尊い血によって」買い取ってくださったのです(1ペテロ1:18–19 英語NLT訳)。1アサリオン(数百円)あれば、雀を買うことができましたが、神が私たちのあがないのために支払われた代価は高く、それは御子の血でした(エペソ1:7; 1コリント6:20)。神が私たちに対して抱いておられる愛は非常に大きなもので、たったひとりの御子を私たちのために死に渡すことで、私たちをご自身のものとしてくださったほどです(ローマ5:8; こちらも参照:ローマ8:31–39; ヨハネ3:16–17)。
私たちは多くの雀よりも価値があるだけでなく、神は私たちを「傑作」とみなしておられます。… 私たちは神にとって、最も貴重で価値ある芸術作品であり、「畏れ多いほどに驚くべきものに造り上げられ」ています(詩編139:14 聖書協会共同訳)。神は、ご自身のかたちと似姿に創造された私たちを、ご自身の創造の最高傑作として見ておられます(創世記1:26–27; 5:1; 9:6; ヤコブ3:9)。この保証があるので … 私たちは、神が私たちのために計画してくださった良いことを成し遂げながら、神の愛に満ちた思いやりの中を、確信を持って歩むことができるのです。—GotQuestions [1]
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わたしは弟子たちに、彼らの頭の毛一本一本まで数えられていること、そして、一羽の雀でさえ、わたしの父に知られることなく地に落ちたりしないことを告げた。また、物質的な必要について心配しなくていいことや、わたしを信頼して従ってくるなら、わたしが彼らの必要を必ず満たすことも告げた。
今日の物質主義的な世界では、お金を追い求めることがかつてないほど重要視されているため、これは非現実的に聞こえるかもしれない。しかし、時代は確かに変わったが、わたしの約束は変わっていない。2千年前と変わらず、今日でも、その約束は確かなものだ。先ず神の国を求め、最善を尽くしてわが言葉に従いなさい。そうすれば、わたしの父は、あなたに必要なものをすべて備えてくださる(マタイ10:29–30; 6:33)。
あなたがわたしを愛し、わたしの手本に倣って他者を愛し、思いやろうと努めるとき、神はあなたを顧みてくださる。だからといって、贅沢で安楽な人生が待っているということではない。苦しい時期もまた、天の父があなたの人格を形成するための計画の一部なのだ。そして、この世の父親が子どものほしがるものをすべて自動的に与えたりしないように、わたしの父も、あなたがほしがるものを必ずしもすべて与えてくださるわけではない。父は、あなたに必要なもの、そして、あなたにとって最善だとご存知のものを与えてくださる。それは、目の前の肉体的な必要だけではない。何より重要なことに、永遠に生きるあなたの霊にとって最善のものを与えてくださるのだ。—イエス
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わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。—1ヨハネ3:1
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ある著名な演説家が、20ドル紙幣を手に講演を始めました。そして、部屋にいた200人の聴衆に、こう尋ねました。「この20ドル札が欲しい方はおられますか?」
手が次々と挙がりました。彼は、「皆さんの一人にこの20ドルを差し上げますが、まずこうさせてください」と言って、それをくしゃくしゃに丸めると、もう一度尋ねました。「これでもまだ欲しい方は?」 すると、手は挙がったままでした。
「それでは、こうすればどうでしょうか?」 彼はそう言うと紙幣を床に落とし、靴で踏みつけ始めました。そして、すっかり汚れてくしゃくしゃになった紙幣を拾い上げました。
「さて、これでも欲しい方は?」 またも、手が挙げられました。
「友よ、皆さんは非常に貴重な教訓を学びました。私がこのお金に何をしても、皆さんはまだそれを欲しいと思われたのです。それでお金の値打ちが下がるわけではなく、まだ20ドル分の価値があるのですから。私たちは人生において、自分の下した決断や、起こった状況のせいで、何度も落とされ、くしゃくしゃにされ、地面に踏みつけられることがあります。そして、あたかも自分には何の価値もないように感じてしまうのです。しかし、これまでに何が起こったとしても、また将来に何が起ころうとも、神の目には、皆さんが価値を失うことなどありません。汚れていようが、きれいであろうが、丁寧に折りたたまれていようが、くしゃくしゃであろうが、皆さんは神にとって、依然としてかけがえのない存在なのです。」—出典不詳
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テトス1:1:「神の僕、イエス・キリストの使徒パウロから――わたしが使徒とされたのは、神に選ばれた者たちの信仰を強め、また、信心にかなう真理の知識を彼らに得させるため …」
聖書の時代、手紙は通常、差出人の名前と身分から始まりました。この形式に従い、パウロはテトスへの手紙の冒頭に、自分の名前、そして、「神の僕、イエス・キリストの使徒」という、彼の身分を明確にする2つの特徴を記しています(テトス1:1)。パウロは、人々をイエスへの信仰に導いたことや、いくつもの教会を設立したこと、数多くの宣教旅行をしたことなど、霊的な履歴書を書くように自分の功績を列挙することもできたでしょう。しかし、彼のアイデンティティは、自分が成し遂げたことではなく、キリストからいただいたものにあったのです。…
パウロと同様、私たちがイエスに出会い、イエスを救い主として信じるとき、聖霊が私たちの内に宿り、私たちは「神の僕」となります(テトス1:1)。… 私たちの人生の価値は、自分が成し遂げたことによってではなく、主からいただいたものによって決まります。
私たちを定義するアイデンティティがイエスから与えられるとき、私たちはイエスの召しに従い、イエスの希望のうちに、また、イエスの御旨のために生きる自由を得ます。ですから、「私は何者なのか」という問いについて考えてみるとき、… 私の答えは、まずこうなります。「私はイエスの弟子であり、全能の神のしもべです。」
祈り: 親愛なる主よ、あなたとの関係が、毎日、私が心の中で最優先に考えるものでありますように。私の真の生命の源は、ただあなただけです。そして、王の王であり、主の主であるあなたに知られ、愛されることこそが、私にとって最大の喜びです。私をあなたのもとに招き、あなたの子として迎え入れ、御国の相続にあずかれるようにしてくださったことを感謝します。私があなたに属していることを、大胆に表明できますように。イエスの御名によって祈ります。アーメン。—ブロンウィン・カードウェル [2]
2026年8月アンカーに掲載 朗読:レノア・ウェルシュ 音楽:マイケル・フォガティ
1 "Why does Jesus say we are worth more than many sparrows (Matthew 10:31)?" GotQuestions.org, https://www.gotquestions.org/worth-more-than-many-sparrows.html
2 Bronwyn Cardwell, “Who Am I?” https://app.first5.org/book/Titus%202025/titus_2025_1
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