7月 18, 2026
わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす。わたしは、あなたのすべてのみわざを思い、あなたの力あるみわざを深く思う。—詩篇77:11–12
私が聖書を読んでいて特に強く感じるテーマの一つは、「思い起こすこと(覚えていること)」の大切さです。聖書全体を通して、神はご自分の民に、ご自身の恵みを思い起こすよう繰り返し語りかけておられます。
レビ記では、神はイスラエルの民に、毎週、そして毎年、神を思い起こすための定期的な習慣を定められました。例えば安息日は、神が七日目に休まれたことを毎週思い起こすための日でした。また過越の祭りは、神がイスラエルの民をエジプトから救い出されたことを毎年思い起こすための祭りでした。…
詩篇全体を通して、ダビデをはじめ多くの作者たちは、神のなさった御業と驚くべき奇跡を深く思い巡らしています。そして読者にも、神がこれまで示してくださった真実と誠実さを思い起こし、その恵みに心を留めるよう勧めています。とりわけ印象深いのは、最後の晩餐でイエスは、ご自分を記念するためにパンと杯を受けるよう弟子たちに命じられたことです。
このように、神はご自分に従う者たちが「神を思い起こす民」となることを望んでおられるのは明らかです。神の恵みを思い起こすことには、計り知れない力があります。
イスラエルの民は、主とその恵みを何度も何度も忘れてしまいました。彼らは、主を忠実に思い起こす時期と、主を忘れてしまう時期を繰り返していたのです。そして神を忘れるたびに、彼らは偶像崇拝と抑圧の虜となってしまいました。
ああ、そのイスラエルの姿に、私は自分自身の心を見る思いがします。神が私のためにしてくださったことを、私はあまりにも簡単に忘れてしまうのです。… 私は、失望や苦しみにばかり目を向けている時ほど、不安に陥りやすいことに気づきました。…
しかし、人生における神の恵みを思い巡らす時には、まったく逆のことが起こります。生まれた日から今日に至るまで、神が私を導き、支え続けてくださったことに気づきます。困難な時期を神が共に歩み、私を支えてくださったこと、そしてその中で私の心を成長させてくださったことを思い出します。また、人生のさまざまな時期に、神が深く意味のある人間関係を与えてくださったことにも心を打たれます。そして何よりも、神が無条件に私を愛し、私の罪を赦してくださったことを思い起こします。…
私は毎日の終わりに、その日一日を振り返り、神の恵みと慈しみを示してくださいと祈るようにしています。それは、難しい会話を乗り越える力を与えられたことや、弱さを感じていた時に活力をいただいたこと、あるいは仕事へ向かう途中で見た霧に包まれた美しい朝の景色のような、ごく些細な瞬間かもしれません。そうした小さな出来事の中にある神の御手の痕跡を探すことで、人生全体に流れる神の恵みの大きなパターンが見えてくるのです。
私はだいたい一年ごとに自分の日記を読み返します。そのたびに、神が人生を通してどれほど忠実でいてくださったかに心を打たれます。道に迷い、恐れを抱いていた時でさえ、当時は見えなかったところで神が働いておられたことを思い出すのです。また、神が何度も苦しみを用いて、私をご自身とのより深い親しい交わりへと導いてくださったことにも感銘を受けます。…
どんなに困難な時でも、神は私に物事を違う視点から見るよう促してくださいます。そして、ご自分がどのような方であり、これまで何をしてくださったのかを思い起こすよう促されるのです。私は決して、それを忘れたくありません。—ハンナ [1]
旧約聖書には、「思い起こしなさい、覚えなさい」という呼びかけが絶えず登場します。
申命記8章2節には、こうあります。「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた」(新共同訳)。また伝道の書12章1節には、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に」とあります。そして詩篇77篇11節には、「わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす」と記されています。…
神は「思い起こしなさい、覚えなさい」と語られます。私たちは、自分が何者であり、誰に属する者であるかを思い起こさなければなりません。では、なぜ思い起こすべきなのでしょうか。それは、過去を振り返って「昔は良かった」と懐かしむためではありません。思い起こすことによって、感謝すべきたくさんの素晴らしいことや、神がこれまでにしてくださった数々の恵みに気づかせてもらえるからです。また、その記憶は、神がこれからも私たちのために働いてくださり、「神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる」(ローマ8:28)という信頼を鼓舞してくれるはずです。
少し時間を取って、紙とペンを手にし、神がこれまでどこで私たちに出会い、今どこで働いてくださっているのかを書き留めてみましょう。そうすれば、私たちは人生のあらゆる側面を神に開き、神が私たちを導こうとされる場所ならどこへでも、神に身を委ねることができるでしょう。…
信者である私たちは、心と思いを天にあるものへ向けるよう求められています。そして、イエスを人生に迎え入れた時、自分中心の古い生き方は死に、今はキリストのために生きていることを思い起こさなければなりません(コロサイ3:1–3)。そして、キリストこそ私たちのいのちであり、やがて私たちも栄光のうちにキリストと共に現されることを覚えつつ、キリストの豊かないのちを生きる者となりましょう(コロサイ3:4)。—Living Truth [2]
私たちは皆、人生の中で苦難に押しつぶされそうになる時があります。困難や経済的な不安、健康上の問題に悩まされます。次から次へと障害に直面するにつれ、まるで人生が自分に対して敵対しているかのように思えてくることもあります。その結果、途方に暮れ、混乱し、神が私たちの人生のために定めてくださった善き計画さえ疑い始めてしまうこともあるでしょう。
しかし、たとえ直面している困難が乗り越えられないように思えても、それが最終的な結論ではないということを忘れてはなりません。逆境に打ち勝つ鍵は、私たちの手の届くところにあります。それは、「神的要因」への信頼、つまり、神が私たちの人生に介入してくださると信じることです。
イエスは弟子たちに語られました。「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」(マルコ10:27)。神の神聖な権威と全能の力は、どんな状況も変えることができ、私たちが目の前の試練に立ち向かうために必要な恵みも与えてくれます。神と共にあるなら、不可能は可能となります。神とその約束を信じる信仰が、状況を一変させるのです。
神はあらゆる状況において主権を持っておられることを忘れないでください。神は奇跡の神であり、並外れた状況の神であり、不可能を可能にする神です。そして、どんな暗い谷を歩む時にも、私たちと共に歩いてくださる神です。これは希望的観測ではありません。現実の中で信仰を働かせ、全能の神が「共に働いて、万事を益となるようにして下さる」のを目の当たりにすることなのです(ローマ8:28)。—ガブルエル&サリー・ガルシア
「わたしを記念するため、このように行いなさい。」 —ルカ22:19
「記念しなさい(思い起こしなさい、覚えなさい)」という呼びかけは、単に「過去の出来事を忘れないように」という意味ではありません。それは、イエスを死からよみがえらせた神の力が、決して尽きることなく、今もなお働き続けていることを覚えておくようにという促しです。神が十字架で行われたすべてのことは、今日もなお力をもって続いており、その力の範囲は絶えず広がり続けているのです。神が私たちに忘れてほしくないのは、まさにそのこと――十字架で始まったことが、今もなお続いているという事実――なのです。…
私たちは希望を思い起こさなければなりません。主は私たちに、主の方へと目を向けるよう促しておられるからです。社会の風潮や押し寄せる困難に心を曇らせてはいけません。イエスは何度でも、あなたのいるその場所で愛を示してくださいます。そして何よりも、私たちはイエスご自身を思い起こさなければなりません。
イエスは生きておられます。ヨハネがパトモスという小さな島に流され、将来に何の希望も見いだせなかった時、イエスは現れ、「[わたしは]生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている」と語られました(黙示録1:18)。ハレルヤ。主に開けられない扉は一つもありません。主は今も生きておられます。…
イエスは今も活動しておられます。ヘブル7章25節には、イエスが今も絶えず私たちのために執り成しておられると書かれています。イエスは今この瞬間も、あなたと私のために祈ってくださっているのです。
イエスは私たちのそばにいてくださいます。エマオへ向かう道にいた弟子たちは、自分たちが抱いていたすべての希望が、背後にある街、エルサレムで絶たれてしまったと思っていました。メシアへの希望は、ゴルゴタの嵐の日の雲の中に消え去り、今や、彼の墓は荒らされてしまったのだと。彼らは、「未来にどんな希望があるのだろうか」と、いぶかしんでいました。すると、道中で一人の見知らぬ人が彼らに加わり、やがて彼らは、すべてが失われたと思っていた時にそばにいてくれたその方が、復活された救い主であることを知ったのです。
イエスは前進しておられます。ピリピ1章6節には、「あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さる」とあります。このことを、いつも思い起こしましょう。—ジャック・ヘイフォード [3]
2026年4月アンカーに掲載 朗読:ジョン・ローレンス 音楽:ジョン・リッスン
1 Hannah, “The Power of Remembrance,” Grace to Be Imperfect (blog), November 9, 2019, https://gracetobeimperfect.wordpress.com/2019/11/09/the-power-of-remembrance
2 “Remember,” Living Truth devotional.
3 Jack Hayford, “The Constant Call to Remember,” Jack Hayford Ministries, https://www.jackhayford.org/teaching/articles/the-constant-call-to-remember
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