トラクトで救われる

3月 30, 2026

Saved by a Tract
March 25, 2026

カーティス・ピーター・バン・ゴーダー

「神聖な文書を撒くことは、尊い種を宿したアザミの綿毛を解き放つようなもので、それは御霊の風に吹かれて漂い、世界に広がっていきます。印刷されたページは決してひるむことなく、臆病さを見せることもなく、妥協の誘惑に駆られることもありません。疲れることも、くじけることもありません。わずかな費用で旅ができるし、会場を借りる必要もありません。私たちが眠っている間も働き、短気を起こすことなく、私たちが死んでからもずっと働き続けます。印刷されたページは来訪者のように家の中に入り、そこに留まります。自らの言葉を撤回することなく、相手に言い返すこともありません。私たちが『人間をとる漁師』であろうとするとき、餌として水中に恒久的に留まるのです。」—D・M・パントン

私がドイツのドレスデンで関わっている地元のフェローシップ団体が、配布用として約1万部の出版物を寄贈されました。そこには、元ポルノ女優から有名な芸能人まで、キリストを信じるようになったさまざまな人たちの証が掲載されていました。このプロジェクトのスポンサーは、トラクトを通してキリストを知った裕福な製靴業者です。その人は、ドイツ中の郵便受けすべてに、1部ずつ配れるだけの量を印刷することを計画していました。(米国では、これは違法であり、罰金の対象となり得ますが、ここドイツでは、郵便物以外はお断りというステッカーが郵便受けに貼られていない限り、許可されています。お住まいの国の法律を確認しておくと良いでしょう。)

私たちのフェローシップ団体は、地域の他の教会と協力し、それぞれの担当区域を決めました。そして、同じことが、ドイツ国内の他の都市でも行われたのです。私たちは地図を作成し、チームごとに行く場所を割り当て、配りに行きました。それからも、定期的に出かけて、いただいた出版物や自分たちのトラクトを配布していったのです。

私が関わっているフェローシップ団体のメンバーの約8割は、イランからの移民で、抑圧的な政権から逃れてきてクリスチャンになった人たちです。彼らはまだドイツの言葉を学んでいるところなので、今回の取り組みは、彼らも一緒になって、ドイツの人々と自分の信仰を分かち合う良い機会となりました。

この方法は、健康上の理由やその他の事情であまり外出できない人にとっても良いかもしれない、と私は思いました。もちろん、トラクトを郵便受けに入れるやり方には、メリットもデメリットもあります。メリットの一つは、福音文書を受け取った人が、そのメッセージを受け入れるか拒否するかを決める前に、目を通すことができるという点です。路上でトラクトが配られているのを見かけても、急いでいたり、何を配っているのかよくわからなかったり、あるいは、無視するよう友人から言われたりするかもしれませんから。もちろん、デメリットとしては、受け取った人があなたのハッピーな笑顔を見ることができないし、トラクトを迷惑郵便物として捨ててしまうかもしれないということがあります。しかし、どのように配布するにせよ、トラクトは私たちが直接行けない場所にも届く強力なツールであり、私たちがその場にいなくても、読んでいる人に語り続けます。実際のところ、神は、人がどのようにそれを受け取ったかにかかわらず、トラクトを用いてその人の心に働きかけることができるのです。

トラクトの配布者に一度も会ったことがなくても、福音トラクトの力によって影響を受けた人は多くいます。ハドソン・テイラーもその一人です。17歳のとき、父親の書斎にふらりと入ったハドソンは、棚に並ぶ分厚い本を読む気にはならなかったけれど、机の上にトラクトがあったので、それを手に取りました。そして、キリストが私たちの救いの業をすでに成し遂げられた、ということに衝撃を受けたのです。この事実を知ったことで、彼はキリストを受け入れ、いずれ中国で51年間、忠実に主に仕えることとなりました。

トラクトの力にまつわる話は、数え切れないほどあります。サドゥ・スンダル・シングが、列車の中でヨハネの福音書を配っていた時のことです。ある乗客にそれを渡したところ、その人は怒ってそれを破り、窓の外に投げ捨てました。その破片の一つを、線路を歩いていたある男性が拾い上げると、そこには彼の母語で「いのちのパン」という言葉が書かれていたのです。彼はその言葉に興味をそそられ、どういう意味かと考えました。やがて、それが新約聖書の一節であることを知ったので、ヨハネの福音書第6章の物語全体を読んでみました。そして、深く感動し、牧師となって、その地域で伝道を始めたのです。

ある無神論者の郵便受けに、「あなたの神に会う備えをしなさい」と書かれたトラクトが入っていました。彼は嫌悪感から、それを燃やそうとしましたが、同じ無神論者の友人に悪ふざけで送りつける方が面白いと思い直しました。しかし、その計画は裏目に出ました。というのも、そのトラクトを受け取った友人は心を動かされ、回心してクリスチャンになったのです。そして、それを別の友人に渡すと、その人もまた、主を信じるようになりました。

どんな身分の人でも、トラクトを配ることができます。イギリスのメアリー王妃(1867–1953)は、各地を巡る際に、トラクトを配ることを習慣にしていました。

ミャンマーのヤンゴン(当時の名称はビルマのラングーン)で、約250マイル離れたアラカン王国の首長の息子が福音トラクトを受け取りましたが、読むことができませんでした。そこで、宣教師を探して読み方を教わり、48時間後にはそのトラクトを読めるようになったのです。彼はカゴいっぱいのトラクトを持って故郷に戻り、自分の国の民に福音を伝えようとしました。彼には影響力があったので、多くの人が話を聞きに集まり、彼は1500人以上に洗礼を授けることになりました。そのトラクトの印刷費用はわずか1セント。まさに価値ある投資でした。

以下は、ネット上の記事から引用した、福音トラクトの効果についての言葉です。

ジョン・ウェスレーはこう書いています。「神は祈りに答えてこそ物事を起こされる方であり、聖書について聞いたことがない人でさえ、トラクトという手段によって回心してきたのです。」

「大覚醒」の指導者の1人であるジョナサン・エドワーズも、トラクトには地域社会という境界を越えて人々に届く可能性があると見て、こう書いています。「印刷された説教を通じて、… 近隣の人々だけでなく、遠方の人々もまた、教えと戒めを受けることができるのです。」

大覚醒期のパワフルなキリスト教説教者また伝道者であったジョージ・ホウィットフィールドは、福音トラクトの配布をかなり重視していました。こう述べています。「私たちは、印刷機を神の栄光のために用いなければなりません。福音トラクトは、罪人を目覚めさせ、主を求める人々を確信させ、その信仰を確固たるものにするための良い手段です。」

1739年に行った説教の中で、ホウィットフィールドはこう語りました。「私は公共の精神を持つ魂が好きです。説教やトラクトによって福音を広く世に伝える人も好きです。後者については、あまりにもなおざりにされている、と私は思います。トラクトを至るところで配布すべきではないでしょうか。それは、諸国民を癒やす命の木の葉のようなものなのです。」

ジョージ・ミュラーは、自伝にこう記しています。「私は確信しています。何千何万というトラクトが、罪人の回心や、聖徒たちの霊的成長と慰めにとって、祝福となってきたと。」

19世紀の著名なバプテスト派の説教者であり伝道者であったチャールズ・スポルジョンは、福音トラクトの活用を強く支持していました。こう述べたことがあります。「トラクトは説教よりも役に立ちます。なぜなら、大半の人は説教を聞きに来ませんが、トラクトなら読んでくれるからです。」

また、1873年に行った説教の中で、スポルジョンはこう言いました。「トラクトは最も有用な文書の形の一つであり、私たちは絶えずそれを用いるべきです。トラクトは良い種を遠くまで広範囲に撒き、真理を人々の日々の営みと心の奥底にまで届け、そうやって驚くべき働きをするのです。」[1]

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「1枚のトラクトが何を成しうるのか、どこまで届くのかは、誰にもわかりません。トラクトに込められたメッセージは、相手が誰であろうと、また、どんな暮らしや仕事をしていようと、その人の人生に変化をもたらすことができます。」—マリア・フォンテーン

「たった1枚のシンプルなトラクトが、誰かの人生を永遠に変えることがある。通りすがりの人にトラクトを手渡すとき、あなたは文字どおり、その人の魂の救いに関わっている。話をする時間がなかったり、相手の言語を話せなかったりしたとしても、忠実にトラクトを手渡すなら、あなたはその人に、わたしを知り、永遠の救いを見出す機会を与える上で、一翼を担ったことになるのだ。」—イエス

PS: このテーマに関する記事(英語)を、アンカーのこちらの投稿から見ることができます。


1 “Gospel Tracts: A Long and Famous History,” Chick Publications, https://www.chick.com/battle-cry/article?id=Gospel-Tracts-A-Long-and-Famous-History.

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