信仰にもとづいて歩む

3月 18, 2026

Living the Walk of Faith
February 16, 2026

イエスからの言葉

オーディオ所要時間: 10:47
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あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。—イザヤ43:2

人生の変化は、とりわけ今の状況に安心や心地よさを感じているときに起こると、難しく感じる。人生を左右するような変化は、しばしばあなたに挑戦を迫り、物事のやり方を新しい方向へと導く。その結果、最終的にはあなたの人生はより楽になったり、今の人生の時期において、わたしが用意している目的によりかなう形になったりする。

しかし、最初の一歩を踏み出すには葛藤が伴うことがある。特に、直面している変化への即座の益が見えにくいときはそうだ。状況のあらゆる面をわたしに委ね、導きを求めつつ、祈り深く賢明な決断を下すことが大切だ。あとは、結果をわたしに信頼し、信仰によって進みなさい。

契約の箱を担いでヨルダン川を渡った祭司たちは、信仰によって、水の中へ最初の一歩を踏み出さなければならなかった。ヨシュアが言ったとおり、彼らの前で水が分かれると信じたのだ。そして彼らが水に足を踏み入れたその瞬間、水がなくなり、歩いて渡れる乾いた道ができた(ヨシュア3:14–17)。

人生の変化に直面しているとき、いったん決心したなら、まず一歩踏み出しなさい。わたしがあなたと共にいること、そしてもしその過程で困難という川に向き合うことになっても、あなたの上にあふれることはないと信頼しなさい。あなたの手をわたしの手に委ねなさい。そうすれば、わたしはあなたにとって灯り以上の存在となり、馴れた道を行くよりも良い導きを与える。わたしはあなたを造り、贖い、名前を呼んだ。あなたはわたしのものである(イザヤ43:1)。わたしは、あなたの人生のあらゆる段階に、例外なく目的を備えている。

悲しみの中を歩む

悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。—マタイ5:4

大切な友人や、自分を愛してくれていて特別な人だと感じる人を失うのはつらく、嘆き悲しむのは当然だ。真の友人は理解があり、あなたやあなたの感じていること、あなたにとって大切なことを大事にしてくれる。彼らはあなたの中に、愛すべき、敬うべき資質を見いだし、あなたの欠点や弱さを受け入れてくれる。

親しい友人を失うと、それを乗り越えて前に進むのが難しいのは、わたしも理解している。寂しく感じるのは当然で、共に過ごした特別な時間や瞬間を恋しく思うのも自然なことだ。嘆くに時があり、やがて悲しみから慰めを受ける時も来る(伝道の書3:1–4)。

あなたの周りには、あなたとあなたの愛情や友情を必要としている人たちが他にもいる。あの特別な人と築いたのと同じ友情や愛をまた経験できるとは限らないが、別の人と友だちになり、知り合い、助け合い、人生の一部を分かち合う中で見いだせる喜びはあるものだ。

大切な人が亡くなれば、あなたはやはりその人を恋しく思うだろう。しかし、信仰によって新たな友情や人間関係を築いていくなら、孤独を感じることが少なくなるし、わたしはあなたを通して他の人々の人生を祝福しよう。まことの友情はわたしからの祝福であり、あなたが他の人々と分かち合う愛と優しさは、彼らへのわが愛のしるし、また証しである。

神の言葉にしっかりつながる

聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。—2テモテ3:16–17

地上で、この世の霊に呑み込まれずに霊的に生き抜くことは、時に不可能なことのように思えるかもしれない。実際、この世はあなたを取り囲んでいるだけでなく、現代のテクノロジーが家庭や職場に入り込み、日常生活にもたやすく侵入してくる。では、この世の霊がこれほどまでに蔓延し、あらゆる空間や隅々にまで忍び寄っている今、「世にいながらも、世のものにはならない」というわが召しを(ヨハネ17:14–16)、どのように守ればいいのだろうか。

自分が宇宙飛行士で、宇宙での任務に就いていると想像してみなさい。十分な酸素のあるスペースシャトルがあるとはいえ、任務には危険が伴い、職務上のリスクが数多く存在する。まわりには果てしない宇宙が広がっている。シャトルの外に出なければならないとき、あの無限に広がる暗闇に呑み込まれてしまう確率は高いように思える。

だが、実際には宇宙船につながっている命綱がちゃんとついている限り、宇宙で迷子になることはない。命綱があなたを漂流させないように保つからだ。同様に、たとえ世界にこの世の霊がどれほど遍在しているように思えても、あなたがわたしとわが言葉にしっかりつながっている限り、それに呑み込まれることはない。

あなたがこの世にいる間、世から入ってくるものを思考や考え方に取り込まないよう選別する必要がある。それを意図的に行い、テクノロジーや絶え間ない情報の洪水を通して伝えられる偶像や文化の傾向、世界の理想や規範が自分の一部になってしまうことを許してはならない。世と、この世にあるものを愛してはならない。世と世の欲は過ぎ去る。しかし、わたしの望むことを行い、わたしに従う人は、永遠にながらえる(1ヨハネ2:15–17)。

つらい経験を通して

愛する皆さん。炎のように燃えさかる試練に直面しても、あわてたり、おじけづいたりしてはいけません。ふりかかる試練は、決して思いがけないものでも、異常なものでもないからです。むしろ、その試練によってキリストと苦しみを分かち合えるのですから、喜びなさい。やがてキリストの栄光が現れる時、その栄光を共に受けて、すばらしい喜びを味わうためです。—1ペテロ4:12–13 リビングバイブル

今あなたが経験している火のような試練を、異常なことのように思ってはならない。これは、わたしに従うすべての者が通る聖別と清めの過程の一部である。人生のそれぞれ異なる時期に、誰もがつらい経験を味わうものだ。

洗濯機で服を洗っているとき、機械は衣類を一方向へ、次に反対方向へと素早く揺らし、その前後の動きで汚れを落とす。すすぎの後は高速で回転し、衣類は洗濯槽の側面に押し付けられ、完全に水が絞り切られるまで回される。

だから、人生がひっくり返され、振り回され、絞られ、さらには押しつぶされているように感じても、驚いたり、異常なことが起きているように思ったりしないでほしい。終わりが見えないように感じても、わたしはあなたを愛し、共にいると信じなさい。「洗い」の過程がそのときは喜ばしいものに思えなくても、やがてあなたの人生に義と平安という実をもたらすだろう(ヘブル12:11)。

迷える魂に手を伸ばす

あなたの周りにいる多くの迷える人々の、心の叫びや切なる願いが聞こえるだろうか。彼らは霊の内に貧しく、わが真理と言葉、そして人生の難しい問いへの答えに飢え渇いている。あなたは、わが愛のうちを歩み、困っている人々を助けるために手を差し伸べるという任務に取り掛かってくれるだろうか。

誰もが人生で困難に直面するが、救われていない多くの人々は、見た目以上に人生の浮き沈みにどう対処すべきか困っている。あなたが人生の試練や喪失、悲劇に向き合うとき、わたしがあなたを愛しており、どのような状況にあっても、すべてのことがあなたの益となるように共に働くという確かな知識によって慰めを得ることができる(ローマ8:28)。しかし、わたしを知らないこの世の多くの人々には慰めがほとんど、時にはまったく、ないのだ。

忠実に手を伸ばし、人々にわが愛を分かち合いなさい。そうすれば、わたしに仕える本当の喜びを余すところなく知るだろう。その喜びに取って代わることのできる地上の幸せは一つもない。

初版は2001年 2026年2月改訂・再版 朗読:ルーベン・ルチェフスキー 音楽:マイケル・フォガティ

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