3月 9, 2026
人は未来に強い関心を抱いています。本や映画では、未来が興味深い形で描かれています。たとえば『マトリックス』は、巨大な人工知能システムが人々の思考を支配し、現実世界の幻影を作り出す未来が描かれています。一方『ウォーリー』では、未来の人類が別の惑星をホバーチェアで移動しながら、何もせずに至高の幸せに浸る姿が描かれています。
聖書は、未来が地上だけにとどまらないことを教えていますが、それはSF映画が描くような形ではありません。神は、私たちを永遠に存在する者として創造されました(伝道の書3:11)。死んでこの地上を去ると、私たちはどこかで永遠を過ごすことになります。そして聖書は、イエスを人生に迎え入れるすべての人が、天でイエスと共に永遠を過ごすと約束しています(ヨハネ3:16)。
SFが未来の可能性を思い描く一方で、イエスは永遠という現実を私たちに理解させることに、はるかに重きを置いておられました。ヨハネ14:1–3で、イエスは天国を、弟子たちと共に住む現実の場所として説明しています。
あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
イエスは、私たちがイエスと共に永遠を過ごすかどうかを自ら選べるのだと教えています。「よくよくあなたがたに言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである」(ヨハネ5:24)。イエスと共に生きる永遠の命は、イエスを人生に迎え入れた瞬間から始まります。地上でイエスと共に始まったその命は、永遠へと続いていくのです。…
私たちはしばしば、天国での永遠は努力で勝ち取るものだと考えがちですが、イエスはそうではないことを示されました。十字架にかけられていたとき、イエスは隣にいた犯罪人の一人にこう言われました。「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(ルカ23:43)。この人には、それまでに誇れる善行の積み重ねがあったわけでもなく、罪の人生から立ち返る時間も残されていませんでした。ただイエスを信じた、それだけで十分だったのです。
イエスが天に帰られた後、弟子たちもこの真理を繰り返し強調しました。「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである」(エペソ2:8–9)。… 天国は選ばれた少数者のためだけに用意されているのではありません。イエスを信じるすべての人に開かれているのです。—ニュースプリング教会 [1]
聖書はしばしば、人生の短さと死の確かさを思い起こさせます。… しかし同時に、C・S・ルイスの言葉を借りれば、「私たちが後に残していくどんなものより良いものが待ち受けている」ことも教えているのです。
定められたその日に、あなたも私も必ず死を迎えます。いつ、どのようにかは神だけがご存じで、私たちには分かりません。ただ一つ分かっているのは、その時が来てからでは、見落としていたこと、後回しにしていたことをやり直すのは遅すぎるということです。そこで浮かぶ問いはこうです。日ごとに近づいているこの世からの旅立ちに、私たちはどう備えればよいのでしょうか。
使徒パウロの模範は、「良き最期」を迎えることについて、私たちが考え、備えるよう促します。… 彼は最後の手紙で、テモテにこう告げました。
わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう(2テモテ4:6–8)。
パウロはピリピの信徒たちに、自分の情熱は「すなわち、キリストとその復活の力とを知り、その苦難にあずかって、その死のさまとひとしく」なることだと語りました(ピリピ3:10)。イエスを知り、イエスに従って30年が過ぎても、彼はなお、より深くイエスを知り、主にますます似た者になりたいと切望していたのです。
しかしパウロは、まだキリストと共に到達したい所に達してはいません。彼は続けてこう言います。
わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕えようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕えられているからである。兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである(ピリピ3:12–14)。
パウロは、自分がまだ完全の域には到達していないことを語り、それを強調するために同じ点を繰り返しています。多くの人、おそらく私たちの大半は、この思いに共感できるでしょう。私たちもまた、神が招いておられるキリストとの親密な関係や、キリストに似た生き方に至ってはいません。それには及ばないのです。…
しかし前に進む道はあります。パウロはそれを身をもって示しています。彼は過去の失敗や敗北に縛られて、意気消沈したりしません。むしろマラソンランナーのように、力の限り目標へと向かって進み続けるのです。…
もし私たちがパウロの勧めに従い、日々の弟子としての歩みの中でイエスを忠実に追い求め、忍耐をもって目の前の競走を走り抜くなら、パウロがそうであったように、確かな希望をもって死の時を迎える準備が整うでしょう。—トーマス・A・タランツ [2]
*
ときどき天が恋しくなる
そこで目にする栄光を。
あの美しい黄金の都で
救い主にお会いするとき
それはなんという喜びか。
私たちの住まいに家賃は要らず
税金も取られない。
衣服は決して擦り切れず
いつまでも色あせず新しいまま。
飢えも渇きもなく
貧しさに苦しむこともない。
聖別された子らは皆
天の豊かな恵みを受け取る。
—フレデリック・マーティン・レーマン(1868–1953)
自分たち自身や、友人や愛する人、周囲の人々が困難に直面して、イエスに励ましを求めるときには、来世から目を離さないことが大切です。この世の痛みや悲しみ、問題と比べ、天の栄光について聖書が語る言葉を思い起こすとき、イエスを信じる者すべてに素晴らしい未来が約束されていると知ることは、なんと心強い保証でしょう。
今の困難に気を取られすぎて、永遠のことを忘れないようにしましょう。神は、ご自分の子どもたちが希望を保つために、天の未来に関する確かな約束を必要とすることをご存じでした。神の言葉は、よいこと、真実なこと、純真なこと、愛すべきこと、徳と言われるもの、称賛に値するもの、また、ほまれあることを心に留めるよう教えており(ピリピ4:8)、これらは天国の描写としてぴったりの表現です。
黙示録で、ヨハネは新しい天と新しい地を描写しており、それは、私たちの視線を上へと向け直す助けとなります。
わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、
「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである。」
すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」(黙示録21:1–5)。
やがて私たちは、永遠の愛と喜びに満ちた天国で永遠を過ごします。「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のです(1コリント2:9)。
私たちは、救いの確信と同じように、天国に関する神の約束を信仰の礎とすることができます。物事が暗く思えるときにも、私たちはこれらの約束に立つことができるのです。神は、天国で私たちを待つ驚くべき現実を、前もって知らせる必要はありませんでした。しかし、この未来のビジョンが、私たちを奮い立たせ、日々の苦難を乗り越え続ける助けになることを、神は知っておられたのです。
救いという大きな祝福を受け、この世で神の使者として果たす役割がいかに重要であっても、困難や試練があることは当然です。それでも、私たちは一人ではありません。神はこの人生の困難の中を導きながら、豊かな祝福を注いでくださいます。神は常に、私たちの悩みよりも大いなる方なのです。
新たな力が必要なとき、疲れ果てたと感じるときには、天国の現実を繰り返し思い起こしてください。そして、この地上で神がなさっていること、神の子として与えられているあなたの目的と居場所の大切さを思い出してください。信仰と勇気をもって困難に向き合いましょう。あなたの手本を通して、他の人々がイエスにある希望と、心から求めている真理に出会う機会を得ることができるのですから。—マリア・フォンテーン
2026年2月アンカーに掲載 朗読:ジェリー・パラディーノ 音楽:マイケル・ドーリー
1 “Nine times Jesus talks about eternity,” Newspring Church, https://newspring.cc/articles/nine-times-jesus-talks-about-eternity
2 Thomas A. Tarrants, “Will You Be Ready?” C. S. Lewis Institute, October 23, 2024, https://www.cslewisinstitute.org/resources/will-you-be-ready/
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