ゴールラインを越えるまで

1月 23, 2026

Crossing the Finish Line
January 13, 2026

引用文集

オーディオ所要時間: 12:35
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自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。—ヘブル12:1 新改訳2017

信者が走る競走とはどんなものでしょうか。… この「競走」とは、クリスチャンとしての生涯のことです。それは、短距離走ではなくマラソンであり、私たちは最後までコースを外れず、忠実であり続けるよう求められています。パウロは生涯を終えようとしている頃、この同じ比喩を用いて、こう言いました。「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした」(2テモテ4:7)。…

この競走が「自分の前に置かれて」います。私たちがコースを選んだのではなく、神がそれを定められました。そして、私たちはキリストのためにこの競走を走ります。試練や迫害があっても、コースから外れたりしません(ヘブル12:4–11 新改訳2017)。走っている間、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないで」いなければなりません(ヘブル12:2 新改訳2017)。主が御自身の競走を完全に走り終えられたゆえ、主こそが私たちの人生において目を留めるべきお方なのです。私たちは気を散らすあらゆるものから目をそらします。主がすでにゴールにおられるのですから。…

どれだけ長い競走であっても、私たちは「信仰の創始者であり完成者である」優勝者イエスから目を離しません(ヘブル12:2 新改訳2017)。そこには、喜びが待ち受けています。ソングライターのトワイラ・パリスとスターラ・パリスの言葉を借りれば、「走者よ、競走に勝ったとき、あなたは主の腕の中へと駆け込む」のです。 —GotQuestions.org [1]

立派に走り切る

使徒行伝20章で、使徒パウロは人生の競走を立派に走り切ることについて、こう語っています。「しかし、主イエスから委ねられた務め、すなわち神の素晴らしい恵みについての良き知らせを人々に伝えるという務めを果たすために用いるのでなければ、私の命は何の価値もありません」(使徒20:24 英語NLT訳)。

若い頃は、自分の競走は始まったばかりだと思いがちです。しかし、自分の命がどれほど続くかは、誰にもわかりません。だからこそ、人生という競走を立派に走りたいものです。そして、目標は、最後まで立派に走り切ることです。

新欽定訳聖書では、パウロがこの聖句で、自分の競走を「喜びをもって」走り終えたいと述べています。中には、喜びを失ったクリスチャンもいます。喜びをもって競走を走り始めたけれど、その後何かが起こった人たちです。神に関することへの興味を失った、あるいは、他のことで主との関係が押しのけられてしまったのでしょう。… そのような人は、詩篇作者ダビデのように、こう祈る必要があります。「あなたの救いの喜びを私に回復させ、喜んであなたに従えるようにしてください」(詩篇51:12 英語NLT訳)。

クリスチャンにとって、人生の競走は短距離走ではなく、長距離走です。

ヘブル人への手紙も、こう励ましています。「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい」(ヘブル12:1–2 新改訳2017)。…

競走を立派に走り、立派に終える秘訣、それは、イエスのために走ることです。人々のために走ってはなりません。単なる義務感で走ってもいけません。あなたには、大切な観客が一人います。イエス・キリストご自身があなたを見ておられるのです。だから、主のために走ってください。立派に走り始めるだけではいけません。立派に走り切りましょう。そして、喜びをもって走り終えるのです。—グレッグ・ローリー [2]

ゴールライン

信仰の競走には、一つの目標があります。それは、イエス・キリストの栄光の内に、主と共にいられることです。この競走を妨げようとするどんなものにも、止められたり遅らせられたりしないようにしましょう。それが困難であれ、思い煩いであれ、罪であれ。私たちは、思い煩いや不安、ストレス、病気、あるいは霊的な戦いと闘うことがあります。そのような時こそ、神の言葉に立ち、神が私たちに与えてくださったあらゆる約束によって反撃しましょう(マタイ16:19)。

神は、私たちが全員、信仰の競走を走り抜くことを望んでおられます。私たちが最終目的地に達し、ゴールラインを越えて永遠の主の臨在の内にいられるよう、必要なものを備え、私たちを支え続けてくださるのです。—アブナー・ガルバン [3]

旅人の道

世界の鉄道の中でも、私のお気に入りは、オーストラリアのインディアンパシフィックです。この路線は、東海岸のシドニーから西海岸のパースまで続いています。つまり大陸を横断して、太平洋とインド洋という二つの海を結んでいるのです。3つの時間帯を通過して、4352キロを運行しています。

所要時間は65時間で、そのほとんどは、極めて荒涼とした景色の中を走ります。途中で通過するナラボー平原は、木が生えていない乾燥気候の平原で、月の表面のように見えます。線路の両側には、乾燥し、不毛な石灰岩の台地以外に何もなく、それが延々と地平線の先まで続いているのです。そこには、いっさいカーブのない線路が478キロも続いており、これは世界最長の鉄道直線区間となっています。

いつまでも続くかのように思えた旅もようやく終わりを告げ、列車は終点のパースに到着します。それはまるで、まったくの別世界に来たかのようです。繁栄した都会、立派な建物、公園や広場、そして、海へと流れ込む川を目にすると、ほんの少し前までは、いくら見渡しても土ぼこりと低木しかなかったことが信じられません。このきらめく都市に到着するには、まず、何もない荒野を延々と進まなければならないのです。

これは、クリスチャンの旅路と、何とよく似通っていることでしょう。この束の間の世を通り過ぎる旅人として、私たちは険しい道を進むこともあるし、時にはかなり過酷な状況にも直面するでしょう。それでも私たちは、前進し続け、神が私たちのために備えてくださった道を歩むことが求められています。ちょうど、列車がそのために敷かれたまっすぐな線路を進んでいくように。私たちは、神の御霊に助けられ、神からいただいた平安と慰めをもって、この世の荒野を通り抜けることができます。

旅の終わりには、きらめく新しい都市が私たちを待っています。人の手によらず、創造者である神ご自身によって建てられた都です。黙示録21章が描写しているように、それは地上にあるどんな都市とも違う都であり、神を愛し、神の愛の内にとどまっている神の子どもたちのために備えられたものです。人間の作った都市とは違い、善がそこに満ちており、悪は入り込めません。この世のつらい暑さと、土ぼこりや雑木を後にして、私たちはこの都市に入っていくのです。「さきの悩みは忘れられて … おぼえられることなく、心に思い起すことはない」(イザヤ65:16–17)。—ウダイ・ポール

競走を投げ出さないで

映画『ルディ/涙のウイニング・ラン』は、ダニエル(愛称:ルディ)・ルティガーの物語を描いています。彼の唯一の夢は、ノートルダム大学でフットボールをすることでした。大学に入るだけの学力も、チームに加わるだけのフットボールの技術もなかったのですが。それでも彼は、粘り強さと努力と忍耐力によって、ウォークオンとしてチームに加わり、1975年シーズンの最終戦に出場するに至りました。

映画では、かなり脚色されたエンディングになっていますが、試合の終わり頃に、控え選手たちが彼の名前を呼び始め、やがてスタジアム全体が「ルディ、ルディ、ルディ!」と声を上げていきます。最後にルディは、チームメイトに担ぎ上げられ、割れんばかりの歓声と拍手が湧いて、名前が大合唱される中、フィールドを後にします。

あの場面は感動的でした。しかし、あなたがいつか自分の競走を走り抜き、ゴールラインを越えて永遠の世界に入り、天からの拍手に迎えられるときの歓迎ぶりに比べれば、あの場面は取るに足りません。イエスがあなたを迎え、すべての聖徒たちがあなたの名を呼んで祝福する、そんな情景を思い描いてみてください。

私たちは、天からの拍手のために生きるべきです。なぜなら、それこそが永遠に意味を持つものだからです。いつの日か、あなたは自分の創造主である神の御前で、神からのこんな言葉を聞いて、この上ない喜びを味わうでしょう。「がんばったね。あなたは競走を走り抜いた。途中で道をそれたり、投げ出したりはしなかった。よくやった。永遠にこれを祝おうじゃないか。」

使徒パウロも、その報いを待ち望んでいました。第2テモテ4章7–8節で、彼はこう述べています。「私は競走に最善を尽くし、全距離を走り抜き、信仰を守り通しました。今や、神と和解するという勝利賞が私を待っています。それは、正しい審判者である主が、かの日に授けようとしておられるものであり、私だけでなく、主の出現を愛をもって待ち望むすべての人に授けられるものです」(英語GNT訳)。

もしかすると、あなたはキリストを受け入れ、力強く走り始めたものの、いつの間にか無関心になってしまったのかもしれません。道を外れたり、怪我をしたり、落胆したりしているのかもしれません。一日も待たずに、競走に戻りましょう。まず、次の祈りを祈ってください。

「神さま、私は残りの人生を傍観者として過ごしたくありません。あなたが私を地上に置かれた目的であるこの競走を、最後まで走り抜きたいのです。永遠と、私を待つ報いに、目を留めていられるよう助けてください。あなたの永遠のご計画のために生き、残りの人生を最高のものにしたいのです。最後まで立派に走れるようお助けください。イエスの御名で祈ります。アーメン。」 —リック・ウォレン [4]

2026年1月アンカーに掲載 朗読:ジェリー・パラディーノ 音楽:マイケル・ドーリー


1 “What does it mean to ‘run the race set before us’ (Hebrews 12:1)?” GotQuestions.org, https://www.gotquestions.org/run-the-race-set-before-us.html

2 Greg Laurie, “It’s How You Finish,” Harvest.org, November 2, 2023, https://harvest.org/resources/devotion/its-how-you-finish-2/

3 Abner Galvan, “How to Finish Strong in the Race of Faith,” Coastalchurch.org, https://coastalchurch.org/how-to-finish-strong-in-the-race-of-faith/

4 Rick Warren, “It’s Time to Get Back in the Race,” Pastor Rick’s Daily Hope, January 6, 2025, https://pastorrick.com/its-time-to-get-back-in-the-race/

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