真の富

11月 24, 2020

True Wealth
November 24, 2020

引用文集

オーディオ所要時間: 9:54
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しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。—1テモテ 6:6

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あなたの救い主であり、主であり、友であるわたしを持っているなら、本当に必要なものはすべて持っているのだ。富や名声はなく、成功しているわけでもないかもしれないが、だからといって気落ちしてはいけない。わたしも弟子たちにこう言った。「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか?」

永遠の命という、途方もなく貴重な宝に匹敵するものなど、他に何一つない。高価な真珠を探していた商人のことを考えてみなさい。非の打ち所のない一粒を見つけると、彼は持ち物を全部売り払ってそれを買ったのだ。わたしの王国もそれと同じで、値踏みできないほどの価値がある。だから愛する人よ、この世で何か持っていないものがあるとしても、わたしがいることで満足できるようになりなさい。—イエス [1]

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最近起こった火事で持ち物すべてを失ったある人が、そうなるのはもうこれで二度目だと話してくれました。「全財産を失った」とか、「すべてなくなった」という言葉を、今週は何度も聞きました。もちろんそれは、人が地上の持ち物をどう見るかにかかっています。心や魂が地上の持ち物を拠り所としているなら、それらを失った時、すべてが失われます。間違ったものに関心が注がれており、人生で家や持ち物といった物質的なものだけを重視しているなら、それを失った時、そのように愛していたものから引き離されることで心がひどく傷つき、恐ろしい苦痛を感じるのです。それは間違ったもの、つまり永遠に続くものではなく、一時的なものを重んじているからです。

イエスは、あなたの宝のある所に心もあると言われました。[2] 中にはその聖句を、このように引用する人もいます。「あなたの心があるところに、あなたの宝もある。」 しかし、そうは書かれていません。主は、あなたの宝がある場所に心もあると言われたのです。

ジョーイ・ブラウンは、自分の美しい家が全焼し、100ほどあった彼のトロフィーも一緒に焼けてしまったと、悲しげに話してきました。彼はそのすべてを失い、非常に貴重なものを失ったと考えていました。子どもや孫たちにそれを残して行きたいと考えていたからです。しかし、ジョーイは、そしてあなたや私も、子どもたちにもっと良い財産を遺すことができます。それらのトロフィーにまさる遺産を。神への信仰と、祝福された神の書である聖書を、そして、主イエス・キリストを通して与えられる、真の救いから来るあらゆる喜びを、彼らの心に注ぎ入れることで、永遠の宝を遺すことができるのです。そうすれば、彼らは神において豊かになり、天国で邸宅に住むようになるでしょう。

ある時、有名な作詞作曲家イラ・スタンフィル[3] は、ちょっと荒れ果てた風情の、貧相な家の前を通りかかり、外に座っていた少女に、そこに住んでいるのかと尋ねました。少女は「そうだけど、お父さんが丘の向こうに、もっと良い家を建ててくれているの」と答えました。その言葉から、「I’ve Got a Mansion Just Over the Hilltop(私は丘の向こうに邸宅を持っている)」という有名な歌の着想が浮かんだのです。

この世では小屋で十分
金銀も多くは望まないが
あがなわれた者たちが輝くあの都で
私が欲しいのは、銀で裏張りされた金の家

私は丘の向こうに邸宅を持っている
あの明るい国で、私たちは決して老いることがない
そこへ行けば、もうさまよくことはなく
純金の大通りを歩くだろう

貧しく、見捨てられた、孤独な人間と思わないでほしい
私は落胆しない、天国を目指しているから
私は都を探している巡礼者にすぎない
私が欲しいのは、邸宅と竪琴と冠[4]

そしてその願いは叶うでしょう。神はあなたが天国で邸宅に住めるようにして下さいます。そう望んでおられるのです。あなたを愛しておられますから。—バージニア・ブラント・バーグ

*

クリスチャンにとって、ここ地上での生活は、それがどんなに良いものであろうと、天国で私たちを待っている生活とはまるで比べ物になりません。天の栄光、すなわち永遠の命や義や喜び、平和や完璧さや、神の臨在やキリストと栄光の内に共にいられることや、報酬や、その他の神が計画しておられるあらゆることは、クリスチャンが天国で受け継ぐ資産であり、[5] それに比べたら、地上での最高の生活も色あせてしまいます。地上で最も裕福で成功している人でさえ、やがては年老いて、病気にかかり、死んでゆくのであり、その人の富はそれを防ぐことができません。そしてその富を、来世に持って行くこともできないのです。…

「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。 むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。あなたの宝のある所には、心もあるからである。」[6]

私たちの心は、どこであれ私たちの宝があるところに宿ります。人生で大切にしているものが、心や思いや、存在そのものに浸透し、それが必然的に、私たちの言葉や行動となって出てきます。富や快楽の追求に夢中になっている人に会ったことがあるなら、すぐにそのことがはっきりとわかります。相手がそのことしか話さないからです。その人の心は現世のことで一杯で、心にあふれることを口が語るのです。[7] そのような人には、主のことを…つまり主の言葉や、主の人々や主の御仕事や、主が与えようと言われている永遠の命について語る時間などありません。

しかし、聖書には、この世の富ではなく「天の御国」が、畑に隠されている宝のようだと書かれています。非常に大きな価値があるので、持ち物を全部売り払ってでも手に入れるべきものだと。[8] 富を追求し、蓄えるようにと教えている聖句は一つもありません。…イエスは裕福な若い議員に、持ち物をすべて売り払って、自分についてくるよう求めました。そうすれば、天に宝を積むことになるからと。しかし、若者は悲しみながら去って行きました。心の中で、自分の富を真の宝としていたからです。[9]

エス・キリストが救い主であられることを知っているなら、[天国が]私たちを待っています。…そこで私たちは、今地上で送っている最高の人生よりもさらに良い人生を楽しみつつ、喜びと歓喜の内に永遠の時を過ごすことでしょう。—gotquestions.orgより [10]

2020年11月にアンカーに掲載 朗読:ルーベン・ルチェフスキー
音楽:ジョン・リッスン


1 サラ・ヤング著『Jesus Always』(Thomas Nelson, 2017)

2 マタイ 6:21.

3 イラ・スタンフィル(1914-1933)は、アメリカの有名なゴスペル作詞作曲家。10歳になる頃には既にピアノ、オルガン、ウクレレ、アコーディオンの弾き方を学んでおり、17歳の時、教会の礼拝や信仰復興運動や祈りの集会のために自分で音楽を作曲し、演奏していた。歌手および福音伝道師であったスタンフィルは、その経歴の中で40か国に旅して福音を説き、音楽を演奏した。(英語版Wikipediaより)

4 イラ・スタンフィル作のゴスペルソング「Mansion Over the Hilltop」(1949年)より

5 1 ペテロ 1:3–5.

6 マタイ 6:19–21.

7 ルカ 6:45.

8 マタイ 13:44.

9 マルコ 10:17–23.

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