健康は最も大切なものか?

10月 30, 2019

Is Health the Most Important Thing?
October 30, 2019

デニス・エドワーズ

調子はどうですか、と尋ねられた時に、人々がよく言う言葉について考えていました。彼らはこんな風に言うことがあります。「健康でさえあれば、それが一番大切なことですからね。健康が。ですから、ええ、調子いいですよ。健康です。」

一般向けのキャンペーン活動をしていたある時、私は人々にインタビューし、「あなたにとって一番大切なものは何ですか」と尋ねたことがありますが、その時に「健康です」と答えた人の割合が、一番多かったのです。けれども、本当に健康が一番大切なことで、健康である限りは大丈夫と言えるのでしょうか?

聖書には、一番大切ないましめは「心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ」であり、第二はそれと同様で、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」 である、と書かれています。[1]

そして箴言にはこうあります。「知恵を得よ。あなたが何を得るにしても、悟りを得よ。」 そして「知恵が最も重要である」と。[2] それどころか、箴言には、知恵を求めるなら健康も命も与えられると書かれています。[3] ここで示唆されている命とは、きっと私たちが内心願い求めている永遠の命のことでしょう。

他の箇所でも、詩篇にはダビデがその問題や苦悩によって神に近づけられたことが繰り返し書かれています。つまり、それらは共に働いて、彼の益となったのです。そこにはこう書かれています。「わたしは苦しまない前には迷いました。しかし今はみ言葉を守ります。」[4] 「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」[5]

ダビデはまた、こうも書いています。「わたしは悩みのうちに主に呼ばわり、…主はその宮からわたしの声を聞かれ…ました。」[6] 詩篇には、ダビデが苦悩の中で神を見いだす様子が頻繁に見られます。その苦悩や問題によって、彼は神の御胸へと引き寄せられました。

ヨブ記において、ヨブは自分が失ったものや心身の苦悩によって、神が良き方であられ、人生に何が起ころうとも、私たちが神を愛し信頼し続けるなら、そこから益をもたらして下さることに気づきました。ヨブ記の最も有名な言葉は、彼の信仰の宣言です。「たとえ主がわたしを殺そうとも、わたしはなお彼に信頼する。」[7]

使徒パウロもまた、その書簡の中でこう保証しています。「神を愛する者たち…のためには、万事が共に働いて益となる」と。[8]

ヨナ書においてヨナは、このように言っています。「わたしは悩みのうちから主に呼ばわると、主はわたしに答えられた。わたしが陰府の腹の中から叫ぶと、あなたはわたしの声を聞かれた。」[9] ヨナは、直面していた苦悩や窮地や問題ゆえに、主に呼び求めました。

ですから、苦悩や病気や問題や苦痛や心痛は、それを通して神に近づくなら、共に働いて最終的には私たちの益となり得るのです。イエスの兄弟であった使徒ヤコブは、こう書いています。「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。…苦しめ、悲しめ、泣け。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えよ。主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。」[10]

ソロモンはこう書きました。「悲しみの家にはいるのは、宴会の家にはいるのにまさる。…悲しみは笑いにまさる。顔に憂いをもつことによって、心は良くなるからである。」[11]

ソロモンはこうも書いています。「神を畏れ、その戒めを守れ。これこそ人間のすべてである。」[12] そしてパウロは、神の戒めが、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」という一句に尽きると言っています。[13]

というわけで、聖書によると一番大切なのは健康ではなく、神や他の人との関係であることがわかります。ですから友よ、私たちは神を愛し、互いに愛し合い、また、苦しみや悩みを勇敢に耐え忍んで、それによってイエスに引き寄せて頂くべきなのです。

人生で最も困難な状況の中には、苦悩の時期に築かれた関係によって耐え忍ぶことのできるものがあります。私たちは苦しみや痛みや悲しみによって神に引き寄せて頂くことができ、そして神は私たちを愛しておられ、私たちを助け慰め、悩みの時の避け所になりたいと願っておられるのです。

アニー・ジョンソン・フリントは、多くの美しい詩を書き、それは『The Making of the Beautiful』という本にまとめられています。体を衰弱させる関節炎を40年も患って、彼女は神に引き寄せられました。そして神は、彼女の「壊れたかけら」から、美しいものを造られたのです。「手も足もない」ことで有名なニック・ブイチチは言いました。「神は[共に働いて]あなたの益とならないどんなことも、あなたの人生に起こることを許されません。神が私の壊れたかけらを用いて、美しい何かを造り出すことがおできになることを、人々にわかってほしいと心から望んでいます。そして神が本当に、私たち一人一人のためにご計画をお持ちであることを。」

神は私たちと関係を持ちたいと望んでおられ、私たちが味わう悲しみや苦悩によって、私たちをご自分の近くに引き寄せたいと願っておられます。それによって、私たちが神に充足感を見いだせるように。神はそこに居て、私たちがご自分を尋ね求めることを切望しておられます。神との関係は人生のすべてを、耐えられるものにしてくれるのです。

荷が重くなる時、主はさらなる恵みを与えられる。
労苦が増す時、さらなる力を送られる。
苦悩が増し加われば、主の憐れみも増し加えられ、
さらなる試練には、さらなる平安が与えられる。

主の愛に際限はなく
その恵みは計り知れない。
その御力には人が知るような限界はない。
イエスにあって、その無限の冨から
神は与え、与え、さらに与えられる。

私たちの忍耐が尽き果てた時
日の半ばで力を使い果たした時
私たちの蓄えが底をついた時にも
父なる神が本当に与えられるのは、まだそれからなのだ。
アニー・ジョンソン・フリント


1 マルコ 12:30–31.

2 箴言 4:7.〈英語欽定訳より〉

3 箴言 4:13, 22.

4 詩篇 119:67.

5 詩篇 119:71.

6 詩篇 18:6.

7 ヨブ 13:15.〈英語欽定訳より〉

8 ローマ 8:28.〈聖書協会共同訳〉

9 ヨナ 2:2.

10 ヤコブ 4:8–10.

11 伝道 7:2–3.

12 伝道 12:13.〈新共同訳『コヘレトの言葉』〉

13 ガラテヤ 5:14.

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