取り残される? 携挙に関する真実

10月 22, 2018

Left Behind?
The Truth About the Rapture
October 22, 2018

デービッド・ブラント・バーグ

オーディオ所要時間: 9:42
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マタイ24章には、イエスの再臨についての詳しい情報が記されています。その時、主はご自分を救い主として受け入れたすべての人々を集めて、一緒に天国に連れて行かれるのであり、その出来事は一般に「携挙(けいきょ)」と呼ばれています。このような情報があるため、1800年以上に渡って、ほとんどすべてのクリスチャンは、イエスが「大患難時代」と呼ばれる、クリスチャンが激しく迫害される3年半の時期の後に戻って来られると信じていたのです。

C・I・スコフィールド(1843–1921)のような人々が、イエスは患難の前に再臨して、信者をこの世から連れ去られるので、彼らは苦しむ必要がないという、誤った教義を説いてきたのは、ここ数百年間のことです。その教義は当然、大いにもてはやされるようになりました。患難前携挙(患難時代前の携挙)を信じているクリスチャンは、この教えを裏づけようとして、先に挙げた聖句の自分勝手な解釈を考え出しましたが、聖書にははっきりとこう書かれています。「聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでない…。」[1]

マタイ24章で、弟子たちは、イエスが戻って来られる時にどのようなしるし(前兆)があるかを尋ねました。イエスはそれに答えて、一つだけではなく、戦争、飢饉、疫病、地震があり、クリスチャンが迫害され、多くの偽預言者が起こり、不法がはびこり、多くの人の愛が冷え、福音がすべての国に宣べ伝えられるなど、幾つものしるしがあることを説明し、さらにこう言われました。「そしてそれから最後が来るのである。」[2]

イエスは、主の再臨に先立つ最後の3年半であり、アンチキリスト(反キリスト)の統治の残り半分でもある大患難時代に、どんなことが起こると予想できるかを、教えて下さいました。主はこう言われています。「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば…その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。」[3] 黙示録を読むと、この「荒らす憎むべき者」が、アンチキリストの像であることがわかります。[4] ダニエル書も黙示録も、この像が7年間に及ぶアンチキリストの統治の、ちょうど半ばに建てられるであろうと告げています。[5]

イエスはいつ戻って来られるのでしょう? 「その時に起こる患難の後」です。[6] イエスは、荒らす憎むべき者が聖なる場所に立つ時、その後すぐにこの世から信者たちを救い出し、アンチキリストやその後起こる災いから遠ざけるとは言われていません。むしろ信者たちに、山へ逃げるよう警告されています。[7] つまり、クリスチャンは大患難時代に、まだここ地上にとどまっているであろうということです。

それに、もし私たちがこれらのことを知る必要がなく、神の子どもたちがここ地上にいて、日や週を数えたりしないのであれば、なぜ主や預言者たちは、大患難時代がどれくらい続くかについて、日数や月数や年数を正確に教えて、それほども詳しく語られたのでしょうか。[8] イエスがこれらの具体的な数字を教えられたのは、救われている人々が、患難時代は永遠に続くわけではなく、一日が過ぎるごとに、輝かしい終わりに近づいていることを、心に留めてほしいと望んでおられるからです。

患難時代に入ると状況はひどく悪化するので、イエスがすぐに戻って来られると考える人々が大勢いることでしょう。とりわけ、主が患難時代の前に戻ってくると教えられたクリスチャンたちはそうです。彼らは、主がすぐにも来られるものと期待するでしょう。しかし、イエスは私たちに、事前に告げておられたよりも早く来ることを期待しないようにと、警告しておられます。また、私たちをだまして自分こそがキリストであると思わせようとする偽キリストや、キリストがすぐにも再臨されるとか、主はすでに地上のどこかにおられるなどと告げようとする偽預言者に欺かれることのないようにと。[9] ご自分が来られる時には、私たちにそれとわかるであろうと言われているのです!

患難前携挙を教える人の中には、その携挙が密かに行われるであろうと言う人までいます。救われている人以外は誰も主の姿が見えないというのです。突然に、主に忠実であった人々全員が、ぱっと消え失せてしまい、残された人々は、彼らに何が起こったかわからないであろうと。

もし携挙が秘密裏に行われるべきものであるとしたら、なぜ主はそんなにも大きな音を立てて、派手な登場の仕方をされるのでしょうか? 主の御言葉は、「大いなる力と栄光とをもって、人の子[イエス]が雲に乗って来る」と述べています。[10] 天のはてからはてに至るまで明るく照り輝き、しるしが現れるので、イエスが再臨されたという事実を、私たちが見間違うことなどあり得ません。それどころか、そこには「すべての人の目」がイエスを「仰ぎ見る」[11] と書かれているのです。

また、キリストにあって死んだ人々、つまりすでに死んでいる救われた人々が、主が来られる時に上に上げられて、空中で主にまみえるのを、すべての人が目にします。イエスが来臨される時には、彼らにもそれが聞こえるでしょう。主は「天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる」からです。[12]それは世がかつて見たこともないような見事な光景となるでしょう。

聖書は「患難の後」、人の子のしるしが天に現れると告げています。そして患難の後、地上のすべての民族が嘆くと。患難の後、彼らは人の子が力と大いなる栄光とをもって、天の雲に乗って来られるのを見るでしょう。患難の後、主は大いなるラッパの音と共に御使いたちを遣わされ、彼らは選民を集めるのです。[13] 明らかに、イエスがおいでになるのは、患難の後であって、一日たりとも前ではありません!

イエスはご自分の「選民」(ギリシャ語でエクレクトス)、つまり選ばれ救われた者たちを集めるために、戻ってこられます。主が戻られる時には、地上に大勢のクリスチャンがいることでしょう。この患難時代には、大勢のクリスチャンが福音をのべ伝え、多くの人々を主に勝ち取っているでしょう。イエスが忠実であった者たちを、3年半続く大患難時代の前に救い出して下さると、欺かれて信じていたクリスチャンたちは、患難時代を迎える備えができておらず、中には信仰が揺らぐ人々もいるでしょう。

私たちは、大患難時代が困難な時期になるとわかっています。さもなければ、患難の時とは呼ばれないでしょうから。しかし、それでもなお、不安な気持ちで将来に目を向け、迫害や苦しみばかりの敗北を予想するべきではありません。それはサタンとアンチキリストに対する素晴らしい勝利の時となるでしょうから。その時期には、怖く恐ろしい数々の出来事が起こるでしょうが、神はご自分の子どもたちを守り、救い出し、庇い、最後まで進み続けさせて下さいます。[14] 私たちは心配したり恐れたりする必要はありません。神はご自身の者たちを顧みられるからです。[15]

携挙に関するもう一つの虚偽の教えは、それが「最も善良な」クリスチャンだけに制限されるというものです。たとえイエスを愛しており、救われていても、十分善良でないか、あるいは罪を犯すなら、イエスが戻って来られる時に備えができておらず、携挙を逃してしまうなどとは、何と恐ろしいことを人々に教えるのでしょう。

十分に善良な人などいません。十分に神を愛したり、十分に完璧あるいは聖い人など、一人もいないのです。そうあれるのはただイエス・キリストの血によるのであり、その資格は、イエスを救い主として受け入れる瞬間に与えられます。自分が十分善良かどうかなど、心配する必要はありません。あなたがイエスのものであるなら、何が起ころうとイエスは、ご自分が戻られる時に、必ずあなたも一緒に連れて行って下さるでしょう。

イエスを受け入れた人で、地上に取り残されてしまう人など一人もいません。イエスは天使をお遣わしになり、四方から、世界の至る所から、忠実な人々を集めると約束されました。誰一人として、置き去りにされることはないでしょう。主は誰一人として、お忘れになったりはされません。[16]

主を救い主として受け入れたなら、あなたには備えができています! そして他の人々を備えさせることが、私たちクリスチャンの仕事です。イエスにあっての神の愛と救いのよき知らせを、できるだけ大勢の人々に語り伝えましょう。友人や家族や、会う人全員に告げるのです。そうすれば彼らもまた、大患難や携挙や、神と生きる永遠の時に向けて、備えることができるでしょう。あなたがそれを告げなかったせいで、誰かが取り残されるなどということが、決して起こらないようにしましょう!

デービッド・ブラント・バーグの著作から編集の後、2018年10月にアンカーにて再版
朗読:サイモン・ピーターソン


1 2 ペテロ 1:20.

2 マタイ 24:4–14. (疫病については、ルカ21:11も参照)

3 マタイ 24:15, 21.

4 黙示録 13:14–15.

5 ダニエル 9:27; 12:11; マタイ 24:15–21; 黙示録 13:5.

6 マタイ 24:29.

7 マタイ 24:16.

8 ダニエル 7:25; 黙示録 12:6; 13:5.

9 マタイ 24:23–26.

10 マルコ 13:26.

11 黙示録 1:7.

12 マタイ 24:27, 30; 1 テサロニケ 4:16.

13 マタイ 24:29–31.

14 ダニエル 11:32; 黙示録 12:7–11; 17:14.

15 黙示録 3:10; 7:1–3; 12:6.

16 マタイ 24:31.

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