クリスマス、それは愛する時

12月 17, 2018

Christmas: An Occasion to Love
December 17, 2018

マリア・フォンテーン

オーディオ所要時間: 6:58
オーディオ・ダウンロード(英語) (6.3MB)

私たちの多くにとって、幼い子どもの頃からずっと、クリスマスはイエスの誕生を祝い、プレゼントを交換し、家族や親しい友人たちと過ごす、特別な時でした。世界中で歌われ演奏され、人々に愛されているクリスマスキャロルは、美しく不朽です。それは、その魅力ある調べのみならず、何よりもその歌詞が、私たち一人一人に愛を分け合うために御子イエスをこの世に送られた、愛の父について告げているからなのです。それは、私たちが心にイエスを受け入れ、今だけでなく永遠に、素晴らしい愛の人生を送れるようになるためです。

けれども、クリスマスはこれらの祝福を自分たちで楽しむだけの時ではありません。クリスマスは一年のうちでも、貴い救い主について世界に告げるための、もっとも素晴らしい機会です。クリスマスとは、人々がクリスマスの意味と、世界のほとんどの場所で祝われるその日が持つ霊的意味についてもっと聞きたいと願う行事なのです。クリスマスを祝わない文化においてさえも、人々はしばしば、それが持つ真の意味を知りたがるものです。

今年のクリスマスに、私たちには、よく知っている大切な人たちだけにではなく、地域社会、職場、奉仕活動において、隣人や知らない人たちに最も素晴らしいものをプレゼントするチャンスがあります。私たちの周りには、心がうみ疲れ、慰めてくれる人を呼び求めている人たちがいます。罪に病んだ悲しい人生を送り、救い主を切に求めている人たちが。彼らは救出してくれる誰かを求めています。助け出してくれる人を求めて、心の中で泣いています。彼らは恐れと不安に打ちのめされ、失意と絶望でいっぱいになり、苦い根と罪悪感の重荷を負い、虚しさにとらわれ、痛みと落胆にさいなまれ、自分では解決できない大きな問題に悩まされています。目的も、人生の意味もない人たちが大勢います。

イエスはその人一人一人を愛し、御腕に抱きたいと願っておられます。けれども、全知全能で愛に満たされたイエスでさえ、あなたの助けが必要なのです。あなたは、彼らの必要を見て愛することのできるイエスの目であり、彼らの泣き声を聞いてそれに応えることのできるイエスの耳であり、彼らを慰めることのできるイエスの声、彼らの心を動かすことのできるイエスの涙、そして彼らを抱くことのできるイエスの腕なのです。

彼らを助けるためにベストを尽くしてもらえますか? 自分の痛手になるときでさえ、与えてくれますか? イエスはそうされました。イエスはかつて創造された中で最も素晴らしい場所から踏み出てこの地上に来られ、不快さと賎しめと嘲りを耐え忍ばれました。それによって、私たちを救うためです。あなたもまた、自分の家の壁と、自分の快適ゾーンから一歩出て、不快さと、賎しめと、疲れと、時には懐疑的態度と嘲笑をも耐え忍び、飢えている人たちにイエスの愛を分かち合おうとしてくれますか?

あなたは今年のクリスマスに、何らかの影響をもたらすことができます。あなたが持っているほんの少しのものを分かち合おうという、ほんの小さな試みでさえも、誰かの人生を照らす眩しいばかりの光になるでしょう。今年、あなたの愛はさらに明るく輝くでしょう。なぜなら、世界はますます暗くなり、あなたの小さな「ろうそく」は、絶望と恐れを貫く希望と信仰の一筋の光線となって、多くの人の人生において目に見えて現れ、反射するからです。

他の人に手を差し伸べるチャンスを生かしましょう。イエスがいかにして地上に来て彼らを愛されたか、彼らを救うためにいかに死に、彼らを素晴らしい新世界へと救い出すために、いかによみがえられたかという良き知らせを、彼らに分け合いましょう。彼らは今地上でその新世界を経験し、天国では永遠に楽しめるのです。私たちが、死んだ英雄ではなく、生きた救い主の誕生日を祝っていることを宣言しましょう。その生きた救い主は、死んでよみがえり、私たちを罪と死と恐れと孤独の邪悪な王国から救い出すために、地上にお生まれになったのです。

父がイエスを送られたように、イエスも私たちを送り出されます。イエスの手になりましょう。イエスの足になりましょう。イエスの目に、イエスの口になりましょう。砕けた心に包帯を巻きましょう。嘆く人たちを慰めましょう。捕らわれ人を解放しましょう。飢えた人たちに、永遠になくなることのない食物をあげましょう。過ちと罪の中で死んでいる人たちをよみがえらせましょう。体と霊が病んでいる人たちを癒しましょう。拒まれた人たち、疎んじられている人たち、阻害された人たちを迎え入れましょう。世の光であるイエスを与えることで、目の見えない人たちに新たな視力を与えましょう。貧しい人たちに福音を宣べ伝えましょう。悪の締め帯を解きましょう。重荷を外し、抑圧された人たちを解放しましょう。灰の代わりに美しさを与えましょう。嘆きの代わりに喜びの油を、重々しい霊に代わって賛美の衣を与えましょう。ただで受けたのだから、ただで与えましょう。 [1]

あなたが与えるなら、あなたも主の御手から、主が最善とご存知のいかなる方法によっても、必要なものを受け取るでしょう。神の言葉にどう書いてあるかご覧なさい。「そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。…飢えた者にあなたのパンを施し、苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、あなたの光は暗きに輝き、あなたのやみは真昼のようになる。主は常にあなたを導き、良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる。」[2]

クリスマスで終わりにしないように。これからの一年も同じだけ、輝き続け、与え続け、愛し続けましょう。一日一日を、イエスの誕生と、イエスの死、そして全ての人のための新しい人生を約束する、イエスのよみがえりを祝う日にしましょう。

初版は1994年11月 2018年12月に改訂・再版
朗読:デブラ・リー


1 マタイ 10:8; 11:5; ヨハネ 20:21; イザヤ 58:6; 61:1,3.

2 イザヤ 58:8–11.

Copyright © 2024 The Family International