天空は語り告げる

5月 31, 2016

The Heavens Declare
May 31, 2016

引用文集

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神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。—ローマ 1:20

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何年も前のこと、アイザック・ニュートン卿は、太陽系を正確に模したミニチュア模型を持っていました。太陽を表す大きな金色の球体を中心に、様々な長さの棒の先に取り付けられた、より小さな球体が周りを回っています。それは水星・金星・地球・火星その他の惑星を表しており、そのすべてが、歯車やベルトによって、規則正しく「太陽」の周りを回る仕組みになっていました。ある日ニュートンがその模型を眺めていると、そこへ聖書の創造についての記述を信じていない、ある友人が訪ねてきました。

その装置に驚嘆し、ニュートンがその天体を軌道通りに動かすのを見ながら、その友人は声高に言いました。「わぁ、ニュートン。実に見事だ! 誰が作ってくれたんだい?」 ニュートンは目を上げることもなしに、「誰でもないさ」と答えました。「誰でもないって?」 友人は聞き返しました。「そうだよ。誰でもない、と言ったのさ。これらの歯車やベルトやギアは、偶然に組み合わさって、世にも不思議なことに、たまたま軌道を回り始めたんだ、完璧なタイミングでね。」

無神論者の友人は要点を掴みました。その模型が偶然の産物にすぎないと信じることは馬鹿げていますが、地球と広大な宇宙が偶然に生じたなどという理論を受け入れることは、それ以上に馬鹿げているということを。—リチャード・W・デ・ハーン

証拠に基づいた信仰

わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。もしあなたが知っているなら言え。—ヨブ 38:4

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神とその存在を信じることが理にかなっていることを裏づける根拠は数々ありますが、神の存在を、科学実験によって実証することはできません。聖書は、人々が神の存在を信じなければならないと説いています。[1] 神の存在を信じることは、感情の混じった信仰に基づくものではありません。人は神が存在すると確信することができるのです。この知識は明白で確かな啓示に基づいています。同時に、神の存在を信じる方が、神を否定するよりもずっと理にかなっています。無神論者たちは神を否定することが、科学的かつ合理的なことであると主張しますが、彼らが科学的でも合理的でもないことは、非常に明らかです。これまでに無神論者たちが、神が存在しないことを数学的に、あるいは科学的な実験によって実証したことはありません。そもそも、神が霊である[2] という事実そのものが、この種のアプローチを不可能にしているのです。

科学的な実験によって神が存在するか否かを証明できないということは、単に神の物質性に関する議論であって、神の存在自体に関するものではありません。物質界には、霊的な何かが存在しないと証明することのできるものなど、一つもないのです。神が存在しないと証明するためには、人はあらゆるところに同時に存在し、すべてを知っていなければなりません。人にそのような力が持てたとしたら、自らが神であると実証しているようなものです。そのような力を持っていることは、神の性質の一つだからです。

信仰は、証拠に基づくものです。人は、神の存在を確信できます。神の存在を示す証拠があるのですから。—W・D・ジェフコート

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天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。—詩篇 19:1–5、新改訳

神の宣言

詩篇19篇1節には、「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」とあります。ここでいう天とは、何を指しているのでしょうか。大気圏とともに、太陽や月や星や星座を含む天空のことです。それらすべてが神の栄光を語り告げています。つまり、神に栄光を帰し、神がどんなに偉大で素晴らしい方であるかを示しているのです。語り告げるとは、宣言することです。天空は宣言しています。つまり、天空は神の栄光を表しており、神の栄光を忠実に証ししているのです。

詩篇はこう続きます。「昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。」 天空は神の栄光を語り告げ、そうすることで神に栄光を帰しています。天空は神の被造物であり、神がそれを造られた様を示しているからです。天空はまた、神の知識を示し、神がこれほども複雑に入り組んだ万物を、いかにうまくまとめておられるかを示しています。

ローマ1章で使徒パウロは、神の御わざや創造について語り、こう述べています。「なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは」――神の見えない性質、つまり、たとえ目に見えなくても、神はおられる、存在されるという事実が――「天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。」

言い換えるなら、天地が創造されたことによって、また物質的な被造物を目にすることによって、創造主がおられることは非常に明らかだということです。「神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。」[3]

ですから、人が心を開いて受け入れることをいとわないなら、神の被造物全体が、神はおられるのだと私たちに語りかけ、教えているのです。周りにある美しい被造物を眺めるなら、神がおられることを確信できます。それは神の存在の最大の証明です。

神の被造物全体が語り告げています。地球全体が、こう叫んでいるも同然です。「あなたを愛し、あなたを創造し、あなたが楽しむことができるように全世界を創造された愛情深い神がおられます。そして神は、あなたにご自身を愛してほしいのです!」と。「話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない」のに。[4]

言葉や言語というものがあり、人がいるところならどこででも、神の被造物の話や言葉が聞こえるはずです。彼らを愛しておられる神が存在されるのだと告げる声が。—デービッド・ブラント・バーグ

なぜ無ではなく、何かがあるのか

G・W・F・ライプニッツはこう書いています。「当然提出される第一の質問は『なぜ無ではなく、何かがあるのか』というものだ。」 この問いかけには確かに、人類の最も偉大な思想家たちの何人かが感じてきた、深遠で実存的な力が宿っているように思われます。アリストテレスは、哲学は世界への驚異の念から始まる、また、人が尋ねることのできる最も深遠な問いかけは、宇宙の起源に関するものであると述べています。ノーマン・マルコムが、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの伝記の中で書いていることですが、ウィトゲンシュタインは時折ある体験をしており、それを次のように言い表すのが最もふさわしいであろうと述べたそうです。「そんな時、私は世界の存在に驚嘆する。そして『何かが存在するというのは、何と驚異的なことなのだろう!』といったことを口走ってしまうのだ。」 現代のとある哲学者も、同様のことを語っています。「私の心は、この問いかけが自分に対して持つ計り知れない重要性に、しばしばおののいているようだ。そもそも何かが存在していること自体が、私には最も深遠な驚異に思われる。」—ウィリアム・レーン・クレイグ

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科学は、宇宙には始まりがあり、それ自体とは何の関係もない何かがそれを生じさせたという見解を支持しています。宇宙の始まりと膨張に関して一般に認められている科学的見解や、熱力学第二法則(エネルギーは拡散する傾向にある)は、宇宙には無からの絶対的始まりがあったことを裏付けています。それはまるで、創世記1章1節のようです! まったく何もないところから何かが生じる確立は、まったくのゼロです。非存在から存在が生じることはありえません。そういう可能性はないのです。懐疑主義者のデイヴィッド・ヒュームでさえも、これを「馬鹿げている」と言いました。形而上学的に不可能であると。—ポール・コパン

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絶対温度の単位名の由来となった、英国の発明家ケルビン卿(1824–1907)は、初の大西洋横断電信ケーブル敷設や、熱力学第二法則の定式化で有名です。彼は言いました。「地球上の生命の始まりは、決して分子の化学的・電気的性質や結晶化のいかなる作用によっても起こったのではない。私たちは立ち止まって、生物の創造という神秘と奇跡に向き合わねばならない。」

私自身は、信仰とは「至高の知性」である方が宇宙を生みだし、人を創造されたと悟ることから始まると思います。私にとって、そのような信仰を持つのは難しいことではありません。計画のあるところには、知性もまた存在するということには、議論の余地がないからです。秩序正しく展開する宇宙は、かつて述べられたうちで最も荘厳な声明である「はじめに神・・」にある真理を証言しています。—アーサー・コンプトン博士(1892–1962、ノーベル物理学賞受賞者)

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神がその存在を私たちに示すためこれまでになされたことの中で、最も驚くべきこととは、天と地を隔てるベールを超えて、人として私たちの只中で生きるために来て下さったことです。—スー・ボーリン

2016年5月アンカーに掲載。朗読:ジェリー・パラディーノ。
音楽:ジョン・リッスン。


1 ヘブル 11:6.

2 ヨハネ 4:24.

3 ローマ 1:19–20.

4 詩篇 19:3、新改訳

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