新年、その始まりと終わり

12月 31, 2016

New Year Beginnings and Endings
December 31, 2015

引用文集

オーディオ所用時間: 11:27
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世界は始まりと終わりで満ちています。私たちは、新たな年、新たな機会、新たな日を迎えるのだという、ある種の希望をもって新年に臨みますが、抱いている恐れや切望や決意は同じなのです。ですから、もっと皮肉っぽく答えるなら、こうも言えるかもしれません。「一体新年に、本当に真新しいところなんてあるのだろうか?」

過去や現在が破綻し、その影響が将来にまで及んでいるように見える時、しばしば新たな日々は、約束よりもむしろ恐れに満ちているものです。私自身も、困難な状況の終わりを見ることはできるけれど、過去の残留物によって台無しにされていない始まりというものを、見ることができなかった時期があったのを覚えています。「新しい日なんて、本当にあるのだろうか?」 憂うつな気分で、そう問いかけたものです。するとある友人が、次のような言葉を分け合ってくれ、むしろそれにしがみついてほしいと言いました。

「しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。わが魂は言う、『主はわたしの受くべき分である、それゆえ、わたしは彼を待ち望む』と。」[1]

故国を追われていた時期に語られたこの言葉は、きっと私にとってそうであったのと同様、それを聞いた人々の心にも、鋭く突き刺さったことでしょう。これを書いた古代の著者は、物事が必ず新たになるという、揺るがぬ確信を抱いていました。それがどんな形で成就するかを、到底想像することもできないような状況の只中にあってもです。あらゆる苦悩や悲しみに取り囲まれていたのですから、たとえ救出される見込みがないと認めたとしても、無理はなかったことでしょう。あらゆる打撃を被り、追放されて明日をも知れぬ身となり、ついにはエルサレムも滅ぼされてしまった中で、彼が新たな朝に、同じ状況が今後もずっと続くのだという、無情な見通し以外の何ものも見なかったとしても、誰も彼を責めなかったでしょう。

けれども、作者の唇にあったのは、嘆きの言葉ではありませんでした。昔の挽歌の形式で書かれているため、その言葉には死の影が漂っているものの、作者はこの神の名を呼ばわっています。「神(ヤハウェ)のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない」と。別の訳ではこうあります。「ヤハウェの大いなる愛ゆえに、私たちは滅びることがない。そのあわれみは朝ごとに新しい。」 自らの嘆きの只中で、作者に悟ることができたのは、全能なる神だけが、真の始まりをもたらすことがおできになるという事実でした。彼らにとっての、彼ら自身の、新しい朝や新年は何の役にも立たないばかりか、万物を新しくされる方に属するものとしてそれらを見ない限り、かえって邪魔になってしまうのです。

今日という日が新しいのは、将来への展望と始まりの神、死すべき人々の中で生きるために来られた神、あなたの受くべく分として朝ごとに新たにご自身を与えられる神が、その日を造られたからです。神が来られる様をご覧なさい。これこそクリスチャンが抱く、新たなものへの希望なのですから。―ジル・カラッティーニ [2]

愛する主よ

愛する主よ、この新年に
ただこの一事を求めます
幸福や地上のものを
祈り求めたりはしません
あなたが導いておられる道を
理解したいとも言いません
ただこう求めます
あなたを喜ばせることができますように、と

日々あなたと共に歩めるよう
あなたの導きの声を知りたいのです
愛する主よ、私が聞くに早く
常に快く従うことができますように
そうすれば、これから始まる新年は
幸せな年となるでしょう
ただこの一事を求めます
あなたを喜ばせることができますように
作者不詳

心待ちにする―イエスの言葉

わたしはこの一年間、あなたを助け、乗り越えさせてきた。それは変化の年、新たなチャレンジの年、試みの年、成長の年だった。今新年の入り口に立つあなたに、わたしは力を授け、恵みを与え、また、将来に向けてあなたを霊の内で備える。あなたがここ一年間に遂げた進歩を、嬉しく思っている。あなたがわたしのもとに来て、わたしを賛美し、心に語りかけるわたしの声に耳を傾け、わたしを求めて、わたしの言葉のワインをごくごくと飲んだ、あらゆる時のことを。

この一年間に、あなたがもがき苦しんでいたことを知っている。しかし、自分の冠を、しっかりとつかんで放さないでなさい。誰にもそれを奪われてはならない! わたしの霊の力で、あなたのために新たな扉を開けてあげよう。わたしの祝福を受け取ることができるよう、信仰によってこれらの扉をくぐりなさい。わたしはあなたの祈りに答え、あなたを近くに引き寄せる。そしてあなたが福音をのべ伝え、さまよえる人々に手を伸ばすことができるよう、塗油する。

わたしの忠実な僕ノアのようになりなさい。彼は準備の期間に箱船を造った。わたしに近づき、ことあるごとにわたしを求めることによって、あなたの人生と仕事をわたしに捧げ、他の人々に証しすることによって、また、わたしがあなたの行く手に送った人々に手を伸ばすことによって、霊の内で自分の箱船を造りなさい。そうすれば、これは成長の年となり、あなたは霊的な意味でも、他の人々への証しの面でも、またわたしに近づくという面においても、成長を遂げるだろう。

この新年にあなたが直面する、数々の波の大きさや威力に怖じ気づいてはならない。揺らいだり、動かされることなく、信仰に満ちて、わたしに信頼していなさい。わたしが常にあなたと共におり、あなたを支え、わたしの最終的な目的地へと、安全に連れて行くことを知っていてほしい。

暗闇のような時期には、わたしがあなたの光となろう。悲しい時には、わたしがあなたの喜びになろう。もがき苦しんでいる時には、わたしがあなたを助け出そう。弱っている時には、わたしがあなたの強さとなろう。疑問を抱いた時には、わたしがあなたの答となろう。だから決して気落ちし、打ちひしがれてはならない。決して過去を嘆いたり、将来を恐れてはならない。わたしのもとに来なさい。そうすれば、今から永遠に至るまで、まったきゆるしと慰め、まったき力と愛を見いだすことだろう。―イエス、預言で語る

新たな始まりが新たな終わりをもたらす

最近こんな言葉を見かけました。「誰も過去に戻って一からやり直すことはできないが、今日という日を生き始め、新たな終わりをもたらすことはできる。」 私はその言葉について、じっくりと考え始めました。そして次のような結論に至ったのです。私たちは一からやり直すのではなく、今の時点からもう一度始めて、人生の様々な物事を改善するのだと。

キリストの一信者である私にとって、それは自分がこれをするとか、あれはしないとか言った挙げ句に、それをやめたとか、それに及ばなかったとかいうことではありません。むしろ大切なのは、ますます主と深く恋に落ちることができるよう、日々主に助けを求めることです。そうすれば、私たちの関心は地上のものではなく、天国のものに向けられるでしょう。

私が新年の誓いを立てるとしたら、それは主により深く献身し、主をより深く愛し、より深く崇めたい、というものになるでしょう。過ぎ去った年の始めに、私が祈っている時、主はあの静かな細い声で私に語り、こう言われました。「わたしは十二分な存在だ。人生のあらゆる分野において、あなたの必要を十二分に満たしてあげよう。」 主はまた、他の人々にも同じことを言うよう告げられました。

今年私は、主を自分のすべてにすると、固く心に決めています。主はすぐ先で待ち受けている気をそらすものや誘惑をものともせずに、ご自分に全関心を注ぐよう、私たちに求めておられます。主が私たちの主要な関心ごとであるべきなのです。

私たちがこの年をどのように終えるかは、それをどのように始めるかにかかっています。私たちは魂の恋人であられる方との、さらなる「親密さ」を求めたでしょうか? 親密さという言葉を辞書で調べてみましたが、それは親しく打ち解けた、きわめて個人的で私的な関係という意味です。

あなたはこの年に、新たな終わりが欲しいですか? 自分の人生の終わりを、どのように迎えたいでしょうか? あなたがクリスチャンではないなら、どうかこれが、人生で最高の新年になり得ることを、知っていて下さい。あなたの人生は希望と安らぎに満ちたものになり得ます。それがどのような終わりを迎えるかを知ることは、余分のボーナスのようなものです。

なぜすべての年が、これといった変化もなく、前の年と同じようなものでなければならないのでしょう? 何といっても、新年の誓いは果たされることもあれば、果たされないこともあるのですから。

あなたがクリスチャンで、主との関係において停滞しているように感じているなら、今こそ主との恋の炎を、再びかき立てるべき時です。主は私たちをご自分のもとに呼び寄せて、こう言われます。「来なさい、愛する人よ」と。その声が聞こえますか? 主はあなたの心に語りかけておられます。私たちの人生が実際に終わりを迎えるのは、イエスがこう言われる時です。「良い忠実な僕よ、よくやった。」 それは、主を知り、主を愛し、従順に主に従うために時間を費やした人々に与えられる言葉です。―キャシー・アーヴィン [3]

2016年12月アンカーに掲載。朗読:ジェイソン・ローレンス。
音楽:マイケル・ドーリー。


1 哀歌 3:21–24.

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