イエス・キリストの再臨

10月 6, 2014

The Second Coming of Jesus Christ
October 6, 2014

デービッド・ブラント・バーグ

オーディオ所要時間: 10:57
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「もうしばらくすれば、きたるべきかたがお見えになる。遅くなることはない。」—ヘブル10:37

アンチキリスト(反キリスト)の支配と統治は、神を認めぬ人間による最終的な勝利であるかに見えます。神が敗北されたかのように、また教会は滅ぼされたかのように見えることでしょう。しかし、アンチキリストやその軍勢が想定していないのは、神の超自然的かつ万能な力です。神は最大の敗北のように思われるものから最大の勝利を獲得されるのです。

極悪なアンチキリストが、すべてを支配下に治めてついに全世界からあがめられたと考え、「自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言」[1] したとき、青天の霹靂のごとくイエスが現れ、この世界からご自分の子たちを皆連れ出されるのです。それは、自分の額や右手に「獣の刻印」を受けたりアンチキリストをあがめたりするのを拒み、むしろイエスのために愛し、生き、さらには死ぬことをも選んだ信者全員のことです。

世界史上で最も暗い時期の直後に輝かしい夜明けが訪れます。イエスが戻ってきて、ご自分の者、ご自分の教会、ご自分の民、イエスを知り愛する人々、イエスが神の子であり救世主だと信じる人々を皆、救い出されるのです。「世界を止めよ! 彼らを連れ出すから!」と言われるわけです。「それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。」[2]

イエスの再臨はクリスチャンにとって、終わりのときに起こると預言された主要な出来事であり、今ある世界の終わり、また、現在の肉体の姿でこの世にいることの終わりを意味します。主の再臨の後、私たちは完全に変えられ、携挙を経験します。空中で主に会い、天へと連れて行かれるわけです。主の再臨は山場であり、現在のこの人生や地上での仕事の終わりとなります。「もう時がない」ようになり、大いなる「永遠の今」に足を踏み入れるのです。[3]

再臨の時と時期

神は御子イエス・キリストが地上に戻り、民を救出なさる時やスケジュールを定めておられます。ちょうど宇宙船発射のカウントダウンのように、ぴったりの時間に戻ってこられます。イエスの場合、カウントダウンを遅らせるような問題が起こることはなく、ご自身の約束を果たされます。計画を変えて、ご自身が教えたこと、預言者や使徒たちが書き記したことに反するような形で戻ってこられることはないので、安心してください。不発に終わることはなく、主の再臨により、その前に起こらなければならない終わりの時の出来事について御言葉に書かれた、具体的で詳細にわたる預言が成就されます。

キリストの再臨に至る最終的なカウントダウンは、アンチキリストが大いなる世界指導者として現れ、エルサレムとユダヤ教神殿の礼拝とに関して「一週[7年]の間多くの者と、堅く契約を結ぶ」ときに始まります。[4] それから、アンチキリストがその契約を破り、破棄し、聖なる場所に自分の像を建てて崇拝させ、すべての人が額か手に彼の刻印を受けるよう命じて、大いなる患難を始めるまでの期間が、ちょうど1260日です。

イエスご自身が言われました。「 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。」[5] その7年の契約期間の真ん中でエルサレムの神殿にアンチキリストの像が建てられたとき、それが大いなる患難の始まりであり、その長さについては、主の言葉が3年半という正確な数字を様々な形で何度も告げており、誤解しようがありません。3年半(「ひと時と、ふた時と、半時」「一年、二年、また、半年」「週[7年]の半ば」)[6]、42か月[7]、1260日[8] であることが書かれているのです。

イエスは、予告されているよりも早く再臨することを期待してはいけないと警告されました。イエスが来られたときには、それがわかるということを言っておられます。空が端から端までいなずまのように照らされ、天にしるしがあらわれるので、イエスが来られるのを間違えようありません。

「ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。」[9] 主は、いなずまのように東から西に光が輝くであろうと言っておられます。空全体が光る中、イエスが来られて私たちが空中で主に会っているのを、全世界が見るのです。

「死体のあるところには、はげたかが集まるものである。」[10] 主は、「キリストの体があるところに、キリストを食する者たちが集まってくる」という、暗号のように不可解な表現をされています。あまり芳しい聞こえはありませんが、私たちはキリストの肉を食べるはげたかになぞらえられているのです。でも主は言われました。「人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。」[11] 主は先の節で私たちが集まること、つまり携挙されることを語っておられます。はげたかが死体に集まるように、主に従う者がどこにいても、磁石のように引き寄せられ、霊的に生きるためにキリストを食するのです。死体のあるところには、小さなはげたかである私たち皆が集まるわけです。

「その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。」[12]

イエスご自身が描かれた主の再臨は、この上ない大変動であり、劇的ですばらしく、明白なものです。空全体が稲妻のように光り、古今を通じて救われた人たちが皆、文字通り空中で集まり、日と月は暗くなり、流れ星が降り、イエスご自身が天空に現れ、それにより、救われていない人たちは嘆き、涙を流します。雲に乗ったイエスが「力と大いなる栄光とをもって」来られるのを見るからです。「兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。」[13]

それは突然の滅びであり、警告なしに突如としておそって来るでしょう。彼らの偽預言者たちから、「すべて平和だし、何も心配することはありません。世界政府はできたし、アンチキリストという救世主もいます。今はこのスーパーマンが世界を治めているのだから、何もかもうまくいきます。平和で無事です」と聞かされていたのに、突如として滅びがおそって来るのです! イエスが再臨してご自身の花嫁を救出された後、神はアンチキリストの世界帝国に最後の怒りと裁きを注がれます。

「しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、[キリストが再臨される]その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。」[14] 主の言葉を知り、「時のしるしを見分ける」[15] ことをしたクリスチャンは驚かされることがありません。正確な日付や時刻はわからないかもしれませんが、「荒らす憎むべきもの」が立てられてから3年半となるのがいつ頃なのかはわかるし、イエスの再臨を期待して待ち望むことでしょう。

「あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。」[16]

イエスの華々しい再臨は、主の子どもたちにとっては驚きではありません。世界の他の人たちにとっては夜の盗人のように現れるかもしれませんが、主の子たちには違います。「力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。」[17] 私たちの携挙、復活は、私たちの勝利、神から授かった勝利、この世界からの大いなる脱出の一環です。

黙示録にはこうあります。「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目…は、彼を仰ぎ見るであろう。」[18] 復活や携挙ほどに大いなる証しとなるものがあるでしょうか? それが最後の証しです。そのとき人々はその目でイエスを見、私たちが死からよみがえったり、地上から引き上げられたりして、空中で主に会うのを目の当たりにするのですから。

イエスを愛する人は誰も後に取り残されることがありません。イエスを救い主として受け入れた誰一人として、 救われている人の誰一人として、後に取り残されることはありません。聖書を信じ、キリストに信頼し、イエスを愛する真のクリスチャンの誰一人として、後に取り残されることはないのです。「わたしたちすべては…一瞬にして変えられ」[19]、皆よみがえるか引き上げられるのです。主は天使を送って、いたるところから、地上のあらゆるところから主の子どもたちを集められます。誰一人取り残されることはありません。主は絶対に一人も忘れたりされないのです。素晴らしいことではありませんか?

初版は1983年5月。2014年10月に改訂・再版。
朗読:ジョン・マーク。


1 2 テサロニケ 2:4.

2 1 テサロニケ 4:17.

3 黙示録 10:6–7.

4 ダニエル 9:27.

5 マタイ 24:15,21.

6 ダニエル 7:25; 9:27; 12:7; 黙示録 12:14.

7 黙示録 11:2; 13:5.

8 黙示録 11:3; 12:6.

9 マタイ 24:27.

10 マタイ 24:28.

11 ヨハネ 6:53–58.

12 マタイ 24:29–31.

13 1 テサロニケ 5:1–3.

14 1 テサロニケ 5:4.

15 マタイ 16:3.

16 1 テサロニケ 5:5–8.

17 マタイ 24:30.

18 黙示録 1:7.

19 1 コリント 15:51.

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